健康に深刻な影響を与えかねない受動喫煙
Nature Reviews Cancer
2003年11月1日
米国だけで年間約3000人の死亡原因とされるにもかかわらず、受動喫煙の危険性についてはいまだに議論がある。これは一部、環境中のたばこの煙(environmental tobacco smoke: ETS)を吸引すると癌につながるしくみについて、理解に隔たりがあるためだ。今回John Cookeらの研究により、ETSが腫瘍の成長と血管新生を促進することが示され、受動喫煙と癌との関連が強く裏付けられている。
Cooke らは、肺癌細胞を注入しておいたマウスをETSに曝し、腫瘍成長と血管新生に対する影響を調べた。観察によると、このマウスでは腫瘍成長は未曝露マウスの 5倍に増加した。曝露マウスはまた、対照マウスの2倍という腫瘍血管の密度増加も示し、ETSの成分が血管新生を促進すると考えられる。
ETSの主要成分にはニコチンがあるが、これには弱い発癌性しかなく、間接的機構で腫瘍の発達を促進できるという証拠がある。最近、内皮細胞表面のニコチン作動性アセチルコリン受容体(nAchR)の活性化を通じてニコチンが血管新生を誘導することが示されている。nAchRは内皮細胞の増殖を刺激し、それによって血管形成を促進する。ETSに曝露したマウスの腫瘍サイズと血管新生の増加がニコチンの影響かどうかを調べるため、Cookeらは、メカミルアミン(nAchRの阻害剤)によりニコチンの効果が妨害されるかどうかを見た。曝露マウスをこの薬剤で処理した場合、新しい血管の形成はほぼ完全に消滅し、ETSによる血管新生誘導にニコチンが重要な役割を果たすことを示している。
Cookeらはまた、単核球化学誘因タンパク質1(Mcp1)と血管内皮増殖因子(Vegf)という別の2種類の血管新生促進物質の量にETSが及ぼす影響を研究した。これら2種類のタンパク質量の増加は、曝露マウスの血漿で確認された。メカミルアミンはVegf量の増加をおよそ3分の2に妨害し、ニコチンが直接内皮細胞に影響するほかVegf情報伝達経路を介して血管新生を誘導することが示された。ただし、メカミルアミンはMcp1量にはほとんど効果を示さず、ニコチンに加えETSに存在するほかの化合物が血管新生を刺激しうると思われる。
高コレステロール値の治療用法がよく知られるスタチン類は、Mcp1の分泌とVegf受容体からの情報伝達経路を下流で阻害するので、強力な血管新生阻害剤である。Cookeらはスタチンの1つ、セリバスタチンがETS曝露マウスにおける腫瘍発達に及ぼす影響を調べた。セリバスタチンは腫瘍サイズと血管新生の両方の増加をかなりの程度妨害し、この種の煙を吸引して生じる危険な影響に対抗可能な手段を示している。 興味深くも、ここに述べられたETSの影響は、腫瘍形成の開始ではなく既存の腫瘍成長の促進に果たすニコチンの役割を示している。
つまり、ニコチンはETS中のもっと強いほかの発癌物質と協働し、危険な影響を発揮する。この実験に用いたETSに存在するニコチンやほかの毒性物質の量は、バーやカジノといった紫煙の充満する環境にいる人がこうむる量に匹敵するとCookeらは見積もっている。したがってこの研究は、受動喫煙が腫瘍の成長を刺激し、ヒトの健康に深刻な脅威を提供していることを示す強い証拠となっている。
doi:10.1038/nrc1217
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