環境の影響
Nature Reviews Cancer
2003年10月1日
事業を興すにしても家を売るにしても、あるいは人目を引きたいだけだとしても、うまくいくかどうかは場所で決まる。ところで立地条件は、腫瘍細胞にとっても考慮すべき重要な問題らしい。HIF-1α(低酸素症誘導性因子‐1α)に関する最近の研究から、この低酸素症応答性転写因子は血管新生を誘導して腫瘍増殖を促進するとわかってきた。しかしなぜ、HIF-1αの欠損が腫瘍の進行の増加をもたらす場合があるのだろう。Cancer Cell誌の8月号でGabriele Bergersらが明らかにしたところによると、HIF-1αに対する腫瘍の応答は、体内のどこに腫瘍があるかに左右される。 HIF-1αの過剰発現は、星状膠腫という酸素依存性の初期脳腫瘍の進行と相関関係にある。そこで、HIF-1αが星状膠腫の形成を制御するかどうかを調べる研究から手をつけた。Bergersらは、マウス初代星状膠細胞を遺伝的改変処理して悪性形質転換した星状膠細胞HIFwt細胞系を作出し、次にこの細胞系の
IF-1α遺伝子を欠失させてHIF-1α遺伝子完全欠失星状膠腫HIFko細胞系を作出した。そしてこの2つの細胞系を用いて血管新生が乏しい皮下組織と血管に富む脳実質での腫瘍増殖を比較した。
HIFko細胞またはHIFwt細胞をヌードマウスの皮下(SC)に注入すると、同じような形態の被包性の腫瘍を生じ、予想どおりSC-HIFko腫瘍は増殖が遅く、低酸素部分と壊死部分を多く含んでいた。HIFko細胞またはHIFwt細胞を頭蓋内(IC)に注入すると悪性度の高い星状膠腫を生じたが、意外にもIC-HIFko腫瘍に含まれる低酸素部分はIC-HIFwt腫瘍よりも少なかった。また、HIFwt腫瘍細胞は星状膠腫の近くにだけ検出されたが、HIFko細胞は脳の実質全体で検出されたので、IC領域ではHIF-1αが欠損すると腫瘍の浸潤が促進されると考えられた。SC-HIFko腫瘍とIC-HIFko腫瘍では表現型がまったく異なるので、この2つの組織部位ではHIF-1αは腫瘍血管新生に対して異なる影響を及ぼすのだろうか。
Bergersらは、SC-HIFko腫瘍にはSC-HIFwt腫瘍に比較して血管新生が乏しく、 SC-HIFwt腫瘍には血管が50%多く含まれることを示した。逆に、IC-HIFko腫瘍では血管新生の度合いが高く、IC-HIFwt腫瘍よりも血管が50%多く含まれていた。しかし最も顕著な違いは、SC-HIFko腫瘍とIC-HIFko腫瘍の間で観察された。SC-HIFko腫瘍は、 IC-HIFko腫瘍よりも血管新生の度合いが80%低く、小さな変形した血管を含んでいた。一方、IC-HIFko腫瘍の血管網は正常な脳の血管網に類似していた。したがって、SC腫瘍とIC腫瘍は両方とも血管新生にHIF-1αを必要とするが、IC腫瘍は血管に富む領域で増殖するので、正常な脳の血管系を利用して増殖することができると思われる。では、この腫瘍はどのようにして血管を乗っ取るのだろう。
そこでBergersらは、次のような仮説を立てた。すなわち、HIFによって誘導されるVEGF(血管内皮細胞増殖因子)という血管新生促進因子の存在が、腫瘍が血管新生を開始できるかどうかを決める要因なのかもしれない。ところが、SCのVEGF発現は腫瘍のHIF-1αの有無によって変化しなかったので、SCではVEGFは他の機構によって供給されると考えられた。これに対して、IC-HIFko腫瘍のVEGF発現は、IC-HIFwt腫瘍に比較して減少していると思われた。Bergersらはこのことをさらに検討するため、VEGFを欠損させた星状膠腫細胞系、VEGFkoを作出した。予想どおりSC-VEGFko腫瘍は、野生型腫瘍よりも増殖速度が遅く、増殖率が低く、アポトーシスを起こす細胞の比率が高かった。そして意外にも、IC- VEGFko腫瘍はSC-VEGFko腫瘍と類似の表現型を示し、IC-HIFko腫瘍とは全然似ていなかった。IC-VEGF欠損腫瘍は限局的に存在したが、真の腫瘍塊を形成せず、低密度の変形血管を含有していた。実際に、IC-VEGFko腫瘍の血管密度はIC-VEGFwt腫瘍よりも約50%低かった。したがって、VEGFが欠損すると、乗っ取られた脳血管系の存続率が減少し、IC腫瘍の増殖が遅くなると思われる。
Bergersらの研究結果は、腫瘍応答の決定における微小環境(ごく狭い領域の環境)の重要性を強調しており、HIF-1αを分子標的とした治療法に重大な影響を与えることになる。すなわち、異なる組織でのこの治療法の適用は、腫瘍の抑制もしくは腫瘍増殖と浸潤の増加という正反対の結果をもたらしかねない。
doi:10.1038/nrc1194
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