Research Highlights

もしも最初だったら…

Nature Reviews Cancer

2003年9月1日

マウスモデルはヒトのさまざまな疾患を研究するのにきわめて有用だが、研究に適したモデルを見つけるのに時間がかかる可能性があり、こうした課題は、ファンコニ貧血(Fanconi anaemia、FAと略す)というまれな遺伝性疾患では特に難しかった。FA患者には先天性の奇形と骨髄機能不全が見られ、細胞のDNA損傷に対する感受性が増大し、癌にかかりやすくなる。少なくとも7個の遺伝子がFAの原因になっているが、今までに作出されたFA遺伝子ノックアウトマウス、すなわち、Fancc、FancaおよびFancg遺伝子欠損マウスには上述の特徴的症状はほとんど見られない。ところが、興奮すべき大発見がなされた。Genes and Development誌の8月15日号にMarkus Grompeらが報告したところによると、Fancd2遺伝子欠損マウスはFAに特徴的な表現型を示し、上皮癌にかかりやすいことがわかったのである。

 Grompeらはまず、Fancd2遺伝子が欠損したマウスの作出から始めた。そして、この変異をもつマウスは発育の遅れのため、野生型マウスよりも小さいことを見いだした。Fancd2遺伝子欠損マウスには生殖細胞の消失や減数分裂の際の染色体の対合の誤りなど、既存のFAノックアウトマウスと共通の性質も見られるが、今までに作出されたFAモデルマウスとは異なり、Fancd2遺伝子の欠損は周産期致死性と先天性の眼の異常を引き起こした。では、Fancd2遺伝子欠損マウスは癌にもかかりやすいのだろうか。

 Fancd2遺伝子欠損マウスの状態を長期間監視したところ、さまざまな上皮腫瘍を自然発症することが明らかになった。これらのマウスで上皮腫瘍の発生頻度が増加することは、FAの癌表現型にはFancd2タンパク質の消失が必要なことを示している。 FANCD2タンパク質は、FANCA、FANCC、FANCE、FANCFおよびFANCGからなるFA核内複合体の下流で作用する。またFANCD2タンパク質は、電離放射線(IR)に応答して変異型血管拡張性運動失調症(ataxia telangiectasia mutated、ATM)タンパク質によってリン酸化され、DNA損傷に起因するDNA合成の停止をもたらす。では、観察された上皮癌はこの機構の欠陥によって引き起こされたのだろうか。野生型、Fancd2遺伝子欠損型およびFancc遺伝子欠損型のマウス胚繊維芽細胞(mouse embryonic fibroblast、MEF)を比較した結果、DNA損傷様式とIRに対する応答性はすべてのMEFで類似していることが明らかになった。野生型MEFとFancd2遺伝子欠損MEFではIRに応答してDNA合成が同じように阻害されたが、Atm遺伝子欠損 繊維芽細胞では異なっていた。さらに、Fancd2遺伝子欠損MEFをAtm阻害剤のカフェインで処理すると、Atm遺伝子欠損細胞に類似の表現型が誘導された。 したがって、Fancd2遺伝子欠損MEFのATMタンパク質に依存したS期のチェックポイントは完全で、DNA損傷に起因する分裂停止は損なわれていないと考えられた。他のFAタンパク質とは異なり、FANCD2タンパク質はDNA損傷後に核内フォーカスを形成し、DNA修復タンパク質のBRCA1およびRAD51と同じ部位に局在している。驚いたことに、Fancd2タンパク質の欠損はRad51タンパク質とBrca2タンパク質の相互作用には影響せず、Rad51 フォーカスの形成は妨げられなかった。したがって、FAに関連して上皮癌形成を引き起こす機構は現時点では不明だが、このモデルは将来、FA遺伝子群や癌を研究する際の強力な道具になるかもしれない。

doi:10.1038/nrc1177

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