Research Highlights

混沌から生まれた秩序

Nature Reviews Cancer

2003年9月1日

腫瘍遺伝子の発現に関するデータベースで利用できる情報は、量が多くて手のつけようがないように思われることがある。ところが最近の研究で、腫瘍形成の機構に関す る重要な手がかりが集積データ解析法によって得られることが示された。Mark Ewen らがCell誌に報告したところによると、サイクリンD1はそのサイクリン依存 性キナーゼ(CDK)機能とは無関係に腫瘍形成に影響を及ぼすのかもしれない。この場合、C/EBPβという転写因子が腫瘍形成に関与している。

Ewen らはサイクリンD1の機能を調べるため、野生型のサイクリンD1遺伝子、またはCDK4タンパク質を活性化できない変異をもつサイクリンD1遺伝子をMCF-7乳腺上皮細胞系で過剰に発現させた。24時間で合成されたRNAを単離し、マイクロアレイを利用したハイブリッド形成法により遺伝子発現を解析した。意外なことに、野生型遺伝子と変異遺伝子の導入によって発現がもたらされる遺伝子の組合せは類似していた。この結果から遺伝子の発現様式を決めるのは、サイクリン D1がCDK4を活性化する能力ではないと考えられた。そしてEwenらは、サイクリンD1発現の特徴になる21個の遺伝子を同定することができた。

ところでこの遺伝子発現の特徴は、ヒトの癌に重要なのだろうか。Ewenらは190標本の腫瘍で発現される遺伝子の組合せのデータベースを利用し、コルモゴロフ・スミルノフ非数量順位統計法を用いてサイクリンD1遺伝子と21個の特徴遺伝子の発現量を比較した。Ewenらはこの解析で、21個の遺伝子とサイクリンD1遺伝子の発現に有意な相関が見られることを確認し、さらにこの21個とは別の相関遺伝子群を同定することができた。おもな50個の遺伝子のうち 3個は転写因子の遺伝子だった。遺伝子発現の解析はサイクリンD1を発現させてからすぐに行ったので、転写因子が含まれることは予想されていた。さらに前述とは別の500標本の腫瘍を解析し、候補になる転写因子を1個にしぼった。それがC/EBPβであった。

サイクリンD1とC/EBPβの関係をさらにはっきりさせるため、EwenらはサイクリンD1の影響を受ける7個の遺伝子のプロモーターをルシフェラーゼ遺伝子の上流につなぎ、機能解析を行った。サイクリン D1に対する応答性は、7個のプロモーターのうち6個で確認された。興味深いことに、これらのプロモーターの欠失解析と点変異解析から、サイクリンD1に応答する部位はC/EBPβを認識する部位に類似していることが明らかになった。

Ewenらは今度は、ルシフェラーゼ遺伝子に連結して機能を解析する系を再度利用し、 C/EBPβが転写を活性化する能力を調べた。野生型のC/EBPβタンパク質は実際に転写 を抑制したが、優性阻害型のC/EBPβ変異タンパク質は転写を活性化した。したがっ てC/EBPβは、正常状態では転写の抑制因子(リプレッサー)だと考えられる。 サイクリンD1とC/EBPβの両タンパク質は連続した同一の過程を通して作用するよう なので、サイクリンD1の転写活性はC/EBPβによって媒介されるのだろう。実際、 C/EBPβが消失すると、サイクリンD1に応答するプロモーター群の転写の活性化が妨 げられた。この2つのタンパク質は物理的にも相互に影響を及ぼし合うので、C/EBPβ に結合することにより、サイクリンD1はプロモーター活性を抑制から活性化に変化さ せるようだ。

膨大な量の情報が複雑に入り混じっているとはいえ、このようなデータベースを効果的に活用すると腫瘍形成に関する手がかりが機械的に得られるので、将来ますます利用されるようになることが期待される。

doi:10.1038/nrc1175

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