多大な結果を生む小さな原因
Nature Reviews Cancer
2002年9月1日
Mre11複合体は複数のサブユニットからなるヌクレアーゼで、Mre11、Rad50およびNbs1(酵母ではXrs2とよばれる)という3種の構成成分を含んでいる。Mre11複合体は、二本鎖DNAの切断を感知する装置として作用するが、チェックポイント情報伝達とDNA複製においても役割を担っている。Mre11複合体を構成する個々の成分を調べる研究は、遺伝子欠損変異体が生育できないため進展が妨げられてきた。ところが今回、John Petriniらが、機能の損なわれたRad50変異体に関する研究を報告している。Petriniらの研究結果は、増殖性組織の恒常性(ホメオスタシス)におけるMre11複合体の重要性を強調するものになった。 Genes and Developmentに寄せた報告で、Petriniらは、形質発現作用の不完全な一群のRad50変異体の作出について述べている。このような変異体の1つ、Rad50K22Mを利用し、いわゆるRad50S/S変異マウスが得られた。Rad50S/Sマウスの胚繊維芽細胞は野生型細胞と同程度のMre11、Nbs1およびRad50K22M成分をもち、これらの構成成分から機能的複合体を組み立てることができた。しかし、Rad50S/Sマウスは、胚の段階で一部が死亡し、生まれたマウスの体重は同腹の野生型マウスの60%しかなかった。Rad50S/Sマウスは生後4〜8週齢までに貧血の徴候を示し、大部分のマウスが4か月齢までに死亡した。7か月齢まで生き延びたマウスのうち、20%が種々の腫瘍で死亡した。 成熟前の死と重い貧血に関連が見られたので、Petriniらは、まずRad50S/Sマウスの造血細胞をさらに綿密に調べた。2週齢では、野生型マウスとRad50S/Sマウスの造血細胞に差異は見られなかった。しかし4週齢までに、変異マウスのリンパ球、マクロファージ、赤血球および血小板は激減してしまった。さらに実験を重ねたところ、徐々に進行するリンパ球等の減少は造血幹細胞の不足によることがわかった。そのうえ、これと同じような細胞数の激減は、Rad50S/Sマウスの精子形成系列でも観察された。 生育期間に依存した骨髄と精巣における細胞の激減と、最長期間生き延びたマウスに腫瘍が発生したという事実を考慮に入れ、Petriniらは、Rad50K22M変異が遺伝毒性作用のあるストレスを引き起こすかもしれないと考えた。もしもその通りならば、(遺伝毒性作用性ストレスに対する応答に関与する)p53の変異を導入することにより、Rad50S/Sマウスで観察された重い欠損の軽減が期待できるだろう。そして、まさにこうなることをPetriniらは見たのである。たとえば、Rad50S/Sマウスに比較すると、p53-/-Rad50S/Sマウスではマクロファージが3倍、T細胞が3〜20倍に増加していた。さらに、p53-/-Rad50S/Sマウスには腫瘍の発生が見られ、p53-/-変異だけをもつマウスよりずっと早く死亡した。この観察結果からも、Rad50K22M変異が遺伝毒性ストレスを引き起こすという考え方が支持された。 最終的な確認は、Petriniらが遺伝毒性ストレスの種々の指標を解析したときに得られた。(DNA損傷の程度と相関がある)リン酸化されたヒストンH2AXの量は、放射線未照射のRad50S/S細胞と放射線照射した野生型細胞で同程度だった。また、Rad50S/S胸腺リンパ腫細胞の核型解析により、野生型細胞と比較して染色体切断と再編成(短腕のテロメア融合を含む)が増加することが明らかになった。したがって、 Petriniらが結論で述べているように、「これらのデータから、Mre11複合体は、細胞のチェックポイントおよびDNA組換え機能が明白に損なわれていないときでさえも、哺乳類の組織における恒常性ホメオスタシスに多大な影響力をもつことがはっきりと示されたのである」。
doi:10.1038/nrc910
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