Research Highlights

女性専用

Nature Reviews Cancer

2002年11月1日

女性だけで過ごす夜は楽しいこともあるが、女性だけに起こるそれほどうれしくない こともある。たとえば、いったいなぜBRCA1癌抑制遺伝子の変異を受け継いだ 女性だけが乳癌になりやすいのだろう。Shridar Ganesanらは、Cell誌の11 月1日号で、BRCA1がX染色体の不活性化にかかわっている可能性があることを示して いる。もしかすると女性に特有なこの現象をX染色体の不活性化で説明できるかもし れない。

RCA1タンパク質は太糸期の精母細胞の対合していないX染色体に局在するとされてい る。Ganesanらは、BRCA1タンパク質がXY体の成分の1つと同じ部位に局在することを 示し、このことを確認した。XY体は、女性由来の体細胞にみられる不活性化したX (inactive X、Xiと略す)染色体といくつかの類似性を示す。すなわち、XY体とXi染 色体は両方ともヘテロクロマチンになっていて遺伝子転写が抑制され、タンパク質指 令領域をもたないXIST RNAで被覆されている。では、BRCA1タンパク質はXiに も局在するのだろうか。

RCA1タンパク質の免疫蛍光解析とXIST RNAの蛍光in situハイブリッ ド形成(FISH)を女性由来ヒト細胞系で行ったところ、BRCA1タンパク質 とXIST RNAは同じ核構造部位に局在する可能性があることがわかった。X染色 体プローブを用いたFISH解析により、この核構造がX染色体の1つであることを確認し た。さらに、BRCA1またはBARD1(BRCA1に結合して相互作用するタンパク質)に対す る抗体を用いたクロマチン免疫沈降解析のあとXISTの逆転写酵素ポリメラー ゼ連鎖反応(RT-PCR)を行い、BRCA1とXISTの相互作用を確認した。

anesanらは次に、BRCA1遺伝子欠損細胞では何が起こっているかを調査した。 散発性乳癌と卵巣癌由来の凍結切片を調べてみると、大部分の凍結切片では核に局在 するBRCA1タンパク質の染色と(拡散性ではなくて)限局的なXIST RNAの染色 が観察されたが、BRCA1遺伝子が欠損した女性由来の凍結切片ではこのような 染色様式は観察されなかった。HCC1937ヒト乳癌細胞系(この細胞系は、 BRCA1対立遺伝子の一方に生殖系列の変異があり、野生型対立遺伝子は失われ ている)の場合もXIST RNAの限局的染色は見られなかった。XIST RNA の限局的染色は、野生型BRCA1遺伝子の異所性発現を導入すると回復したが、 癌関連BRCA1変異遺伝子の異所性発現によっては回復しなかった。同様に、野 生型細胞においてBRCA1遺伝子をRNA干渉(RNA interference、RNAiと略す) によって不活性化すると、XISTRNAの限局的染色が減少した。

は、BRCA1タンパク質はどのようにしてXIST RNAを調節しているのだろう。 XISTの局在化か、合成か、それとも安定性だろうか。Ganesanらは、この3つ の調節機構を区別するため、ベクターのみ(対照用)または野生型BRCA1遺伝 子を組み込んだベクターを導入したHCC1937細胞でXISTのRT-PCRを行った。 XIST RNAの量は、対照ベクター導入細胞系と野生型BRCA1遺伝子導入 細胞系で等しかった。このことから、BRCA1タンパク質はXISTRNAの局在化に 影響を及ぼす可能性があり、合成や安定性に影響するのではないといえる。

IST RNAはX染色体の不活性化に必要なので、Ganesanらは、BRCA1遺 伝子の消失がヒストンH3の9位のリシン残基のメチル化(H3mK9)様式に影響するかど うかを調べた。H3mK9は、遺伝子転写の抑制と関連がある。女性由来の細胞ではXiに 多量のH3mK9染色が観察されるが、HCC1937細胞ではH3mK9染色は観察されない。また、 散発性乳癌とBRCA1遺伝子欠損乳癌由来の細胞の凍結切片でH3mK9の免疫蛍光 解析を行った結果、BRCA1タンパク質はH3mK9の限局的染色に必要で、それゆえに遺伝 子転写の抑制にも必要だとわかった。

ころで、すでに転写を抑制されている遺伝子は、BRCA1遺伝子発現の消失だ けで再活性化するのだろうか。このことを雌のマウス細胞系で調べてみた。この細胞 系では、X染色体の一方が機能をもたないXist遺伝子をもち、もう一方の不活 性化されたX染色体がもつ転写を抑制されたXist遺伝子には緑色蛍光タンパク 質(GFP)で標識をつけてある。Brca1遺伝子の発現をRNAiで抑えると、これ らの細胞の一部の集団でGFP標識をつけたXist遺伝子の再活性化がもたらされ た。

たがって、BRCA1遺伝子が欠損した女性では、ふつうはXi上で転写を抑制さ れている遺伝子が再活性化されるのかもしれない。BRCA1遺伝子欠損卵巣癌 でX染色体上の一群の遺伝子の転写が増大していることは、腫瘍形成の促進にこの現 象が重要なことを裏づける。しかしながら、BRCA1遺伝子の欠損とXi上で転写 抑制されている遺伝子の再活性化の確固たるつながりの証明は、今後に残された目標 である。

doi:10.1038/nrc954

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