細胞のすみ分け
Nature Reviews Cancer
2002年12月1日
Wnt情報伝達経路を活性化する変異は、腸管上皮細胞の前癌性病変(ポリープ)の発 生を引き起こすことが知られた唯一の遺伝的変化である。Cleversらが今 回Cell誌上で報告した2つの連続掲載論文から、Wnt経路の調節異常が結腸直 腸癌(CRCと略す)を引き起こすしくみを理解する手がかりが得られた。
nt経路が活性化されると、β‐カテニンが核内に移転し、TCF転写因子群との相互作 用が誘導される。CRCにおけるβ‐カテニン‐TCF複合体の役割を理解するため、 Cleversらは優性阻害型TCF4(dnTCF4)因子を用いてCRC細胞系におけるTCFのトラン ス活性化を阻害した。すると、G1期で細胞周期の停止が引き起こされた。dnTCF4を発 現するCRC細胞由来の相補的DNAを解析したところ、少数の発現が増大した遺伝子群と 抑制された遺伝子群が見られた。発現が抑制された遺伝子群は、ふつうは腸陰か(腸 粘膜の表面に密生する絨毛の間に開口している腺)の増殖性区画で発現する遺伝子だっ た。一方、発現が顕著に増大したのは、腸陰かの上部(通常は分化した細胞が見いだ される部分)に局部的に発現する遺伝子群、またはポリープが生じたときには発現し なくなった遺伝子群だった。
nTCF4によって発現量が増大した遺伝子のうち、細胞周期を調節する遺伝子 はCDKN1Aだけであった。CDKN1A遺伝子は、サイクリン依存性キナーゼ を阻害するWAF1タンパク質のコードを担う。CleversらがCRC細胞でCDKN1A発 現を誘導したところ、G1期での細胞周期の停止と分化が起こった。これとは逆に、 c-MYCは、dnTCF4によって発現が抑制される唯一の遺伝子で、CDKN1A 遺伝子のプロモーターに結合して発現を抑制し、dnTCF4またはWAF1が誘導する増殖停 止を無効にした。このように、細胞が分化するか増殖するかを調節する鍵を握ってい るのは、CDKN1A遺伝子の発現量である。
番目の論文では、小腸上皮での細胞の位置調節の媒介におけるEph‐エフリン (ephrin)情報伝達系の役割が調べられた。TCF4転写因子を阻害すると、これに応答 してEphB2およびEphB3受容体の発現が抑制された。野生型の胚では、EphB2およ びEphB3受容体の遺伝子は増殖性の絨毛間のくぼみで発現しているが、これらの受容 体に特異的に結合するエフリン‐B1タンパク質(リガンド)は隣接部分の分化した絨 毛細胞で発現している。Cleversらは、マウス新生児ではこの2つの区画間の境界領域 にある細胞どうしが相互作用し、両区画の細胞が入り混じるのを制限しているのでは ないかと述べている。この考えは、今までに立証されているEph‐エフリン情報伝達 系の役割と一致する。成体では、EphB‐エフリン‐B1の発現様式はもっと複雑になっ てくる。そしてポリープでは、EphB2およびEphB3受容体が多量に発現していたが、各 種エフリン‐Bリガンドは発現していなかった。エフリン‐B1を発現する正常細胞が、 EphB受容体を発現するポリープの周囲に存在したが、ポリープの細胞と混じり合って はいなかった。以上の結果からCleversらが提案した魅力的なモデルによれば、「β ‐カテニン‐TCF情報伝達系は、細胞位置の調節と細胞増殖、細胞周期の停止および 分化を結びつけている。」
doi:10.1038/nrc960
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