とどまるべきか行くべきか?
Nature Reviews Cancer
2003年1月1日
どの時点で、腫瘍細胞は転移能を獲得するのだろうか。また、転移しやすいのはある種の原発性腫瘍だけなのか、それとも、腫瘍外部の組織に転移して居住する能力は原発巣からなんとか離脱できた少数の細胞だけがもつ特徴なのか。Nature Genetics誌の1月号にTodd Golubらが発表した遺伝子発現プロファイルの研究から、これらの疑問に対する答えが得られ始めている。
olub らは、肺、乳房、前立腺、大腸、子宮、卵巣などの組織に見いだされた12個の転移腺癌の小結節で発現される遺伝子の組合せ(遺伝子発現プロファイル)を解析し、同じ組織領域の腫瘍からなる64種の原発性腺癌の遺伝子発現プロファイルと比較した。そして、原発性腺癌と転移腺癌で差異が認められる128個の遺伝子を同定した。転移は、タンパク質の翻訳を調節するいくつかの遺伝子(SNRPF、EIF4EL3、
NRPABおよびDHPS)の発現の増大と関連があった。発現が増大していた別の遺伝子群は、I型コラーゲンのコードをもつ遺伝子など腫瘍の非上皮成分に由来すると思われ、転移の調節には間質が重要なことがわかった。さらに別の腫瘍についても解析したところ、転移腫瘍で特徴的に発現される類似の遺伝子群の存在が明らかになった。
の転移に関連した遺伝子発現様式は、一部の原発性腫瘍にも存在していた。ということは、これらの原発性腫瘍はいずれ必ず転移することを意味するのだろうか。Golubらは、転移腫瘍の遺伝子プロファイルを発現していた原発性腫瘍の患者の生存期間が、この遺伝子プロファイルを発現していなかった癌患者よりもかなり短かったことを知った。このことは、一部の原発性腫瘍には診断された時点で早くも転移の性癖がすでにあることを意味している。
olub らは、ほかの種類の腫瘍についてもこの転移関連遺伝子の「刻印」を探索した。そして、これらの転移を指令する刻印を利用して第I期の小さな原発性乳腺癌、前立腺癌および髄芽細胞腫が転移する可能性を予測できることを見いだした。この結果から、いろいろな腫瘍の転移過程に関連した共通の遺伝子発現プログラムがあることがわかる。注目すべきことに、この遺伝子発現プロファイルからは、癌が巨大B細胞リンパ腫(large-B-cell lymphoma)患者に起こる転移を予測できなかった。これは、造血系の悪性疾患には血管およびリンパ系全体に広がる特別な機構があるためかもしれない。
olubらは、彼らが見いだした転移するか否かを予測する判断材料が統計上では意味があるが、まだ不完全なことを認めている。そして、さらに別のいくつかの要因が腫瘍の挙動の決定に関与しているのではないかと述べている。とはいえ、一群の原発性固形腫瘍を転移前の状態として分類するのに利用できる遺伝子発現の「刻印」を発見したことは、治療後の経過を予測するのみならず、腫瘍の拡散を食い止める治療法の設計にも役立つだろう。
doi:10.1038/nrc983
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