二重の災難
Nature Reviews Cancer
2003年2月1日
たばこの煙には40種類以上の発癌性化学物質が含まれている。その化学物質の大部分は、DNA損傷を誘導して肺癌を引き起こすと考えられている。The Journal of Clinical Investigation誌の1月号でKip Westらが示したところによると、たばこにはアポトーシス抑制情報伝達タンパク質のAKTを活性化して細胞に直接生化学的影響を与える作用もある。
estらはまず、たばこに起因するDNA損傷を受けた肺上皮細胞がアポトーシスを回避して結局は化学療法剤抵抗性になるしくみを調べた。アポトーシス抑制タンパク質AKTは、非小細胞肺癌細胞系では構成的に活性化されていることが以前に観察されていた。このセリン/トレオニンキナーゼは、細胞のグルコース代謝、細胞周期の進行、アポトーシスなどのいくつかの過程を制御している。
ばこ由来の発癌物質がヒトの肺上皮細胞でこの経路を活性化するかどうかを調べるため、Westらはヒトの太い気管由来の正常気管支上皮細胞と細い気管支の上皮細胞を検査した。太い気管の上皮細胞は扁平上皮癌になることがあり、細い気管支の上皮細は腺癌になることがある。Westらはこれらの上皮細胞を、たばこに含まれる2つの成分、すなわち、ニコチンと4‐(メチルニトロソアミノ)‐1‐(3‐ ピリジル)‐1‐ブタノン(NNKと略す)で処理した。ニコチンは、たばこに含まれる中毒性化合物で、多数の発癌物質の前駆体である。NNKは、たばこに特有の強力な発癌物質である。ニコチンとNNKは両方とも、これらの細胞系でAKTの活性化に必要なAKTのリン酸化を誘導した。AKTのリン酸化は、その影響下にあるグリコーゲンシンターゼキナーゼ‐3(GSK3)、フォークヘッド型転写因子ファミリー(FKHR)、真核生物翻訳開始因子4B(EIF4B)、リボソームタンパク質S6キナーゼ(p70S6K)など、細胞周期とタンパク質翻訳を制御する各種標的タンパク質のリン酸化をもたらした。ニコチンまたはNNK処理後の細胞では、悪性形質転換の2つの指標となる細胞接着と外因性増殖因子依存性の低下が見られた。最も重要なのは、ニコチンまたはNNKによるこの経路の活性化が、エトポシド、紫外線照射または過酸化水素 (H2O2)処理後も生存する細胞を増加させたことだ。という ことは、この活性化機構によって肺癌細胞は化学療法抵抗性になるのかもしれない。 ニコチンとNNKは生体内でも類似の効果を示し、マウスをこれらの薬剤で処理すると、 気道上皮細胞のAKTのリン酸化と肺の侵襲性腫瘍の発生がもたらされた。AKTのリン酸 化は、喫煙していた10人の肺癌患者由来の検査標本でも検出された。
ころでニコチンとNNKは、どのようにしてAKT情報伝達経路を活性化するのか。ニコ チンとNNKは両方とも、気管支上皮細胞と内皮細胞が発現する特定の種類のニコチン 性アセチルコリン受容体(AchR)に結合する。Westらは、気管支上皮細胞をこれらの 受容体の阻害剤で処理すると、ニコチンとNNKに誘導されるAKTのリン酸化が阻止され ることを示した。これに対してAchRアゴニスト(作動薬)はAKTのリン酸化を増大さ せた。したがって、ニコチンとNNKは、AchRを媒介とした情報伝達によってAKTを活性 化するようだが、他の未発見の情報伝達経路が存在するかもしれない。
管支上皮細胞での反応動態解析の結果、DNA損傷の誘導に先立ってAKTの活性化が起 こることが明らかになった。したがってニコチンとNNKは、細胞に一撃か二撃を加え て、遺伝毒性作用のある効果をもたらすだけでなく、その後のアポトーシスの誘導か ら細胞を守るのかもしれない。ニコチンは、内皮細胞の増殖と血管新生を刺激するこ ともわかった。それゆえWestらは、禁煙補助用のニコチン代償療法を長期間続けると 癌になる可能性があるのではないかと述べている。嫌煙製品を製造しているグラクソ・ スミスクラインとファルマシアの両社は、ニコチン代償療法が癌の原因になるという 臨床的証拠はないとの公式発表をしている。
doi:10.1038/nrc1006
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