運命決定は細胞次第
Nature Reviews Cancer
2003年3月1日
ノッチ(Notch)タンパク質は、発生過程の多様な局面で細胞運命の決定を調節し、 細胞の分化を抑制する。ノッチ1受容体分子を介した情報伝達は、以前から腫瘍形成 に関与するとされてきた。ところが今回報告された研究から、この受容体タンパク質が皮膚細胞では正反対の役割をもつ可能性が示唆される。
乳類の皮膚におけるノッチタンパク質情報伝達の役割はよくわかっていないが、この情報伝達は皮膚組織では分化を誘導することが、試験管内でのいくつかの研究で示されている。Nature Genetics誌の3月号の論文では、NicolasらがNotch1の組織特異的標的遺伝子組換え法を用いてマウスの表皮と角膜上皮でノッチ1タンパク質の役割を研究している。Nicolasらの観察によると、Notch1遺伝子を破壊すると意外にも表皮と角膜の過形成が促進されたのである。生まれてからわずか8か月以内に、これらのマウスの体の種々の部位に皮膚腫瘍 が発生した。12か月齢以上のマウス全体の95%に血管新生が進んだ腫瘍が発生し、これらの腫瘍は組織学的に基底細胞腫と判定された。これらのマウスは、発癌性化学物質に対する感受性も増大していた。
icolasらが観察したこれらの事実は予想外だった。ほかの種類の細胞では、 Notch1遺伝子は細胞集団の増殖を未分化の状態で維持するとされているのだから。ノッチ1タンパク質情報伝達は腫瘍形成を起こすと一般に信じられているのとは違って、Nicolasらの研究結果によればそれどころか皮膚ではノッチ1は癌抑制遺伝子として機能するといえる。ではノッチ1タンパク質は皮膚でどんな役割をもっているのか。
底細胞腫はShh情報伝達経路の活性化と関連があるので、Nicolasらはマウスの皮膚 腫瘍でこの情報伝達経路が活性化されているかどうかを調べた。皮膚と初代角質細胞でのNotch1遺伝子の欠損は、Shh情報伝達経路に依存して転写が活性化されるGli2遺伝子の持続的な発現増大を引き起こした。ということは、ノッチ1タンパク質はGli2遺伝子の発現を抑制する機能をもち、角質細胞の分化を促進 するのかもしれない。
icolasらは、ノッチ1タンパク質が分化途上の角質細胞のβ‐カテニン情報伝達を阻害し、さらにノッチ1の発現は表皮の基底細胞層の細胞に限定されることも見いだした。したがって、ノッチ1を欠失させると同時にβ‐カテニンとGli2タンパク質の発現を増大させれば、皮膚細胞の増殖の前段階の分化抑制状態を促進することができる。
doi:10.1038/nrc1039
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