逆戻り
Nature Reviews Cancer
2003年4月1日
発生にかかわる多くの情報伝達経路が、腫瘍形成の過程で再活性化されることがわかってきた。この増えつつある腫瘍関連情報伝達経路一覧表の最後に、ヘッジホッグ (Hedgehog、HHと略す)経路が記載されたようだ。HH情報伝達は、胚形成の過程にパターン形成を媒介する。また最近、肺の発生過程において上皮と間充織の相互作用を調節することが示された。 今回
ature誌にWatkinsらが報告しているところによれば、HH情報伝達はさらに肺腫瘍の発生を促進する。
ニックヘッジホッグ(Sonic Hedgehog、SHHと略す)は、HH受容体のパッチド(patched、PTCHと略す)に特異的に結合する分泌型タンパク質(リガンド)で、胚全体にあるさまざまな分化段階の細胞集団によって発現される情報伝達切換えスイッチである。Shh機能が失われると、マウスでは肺に重い欠陥が生じる。皮膚や結腸とは異なり、成体の気管上皮は損傷を受けてもわずかしか増殖しない。Watkinsらは、損傷後の気管上皮細胞の増殖を活性化する因子を探索していたとき、マウス成体の急性気管損傷修復モデルではShhタンパク質とShhの転写調節因子Gli1の両方の発現が増加することを観察した。Hh経路は、以前は胚の肺上皮細胞だけに関連づけられていたので、この観察結果は意外だった。胚の肺上皮細胞では、Hh経路が隣接した肺間充織に情報を伝達し、枝状形態形成を調節している。
atkinsらは次に、SHHの発現がヒトの肺腫瘍で増大しているかどうかを調べることに した。Watkinsらはさまざまな種類の腫瘍を調べ、ヒトの小細胞肺癌(SCLC)10標本 のうち5標本がSHHとGLI1を発現していることを見いだした。ところが、非SCLC (NSCLC)では40腫瘍標本中9標本だけがSHHを発現し、SHHと同時にGLI1も発現してい たのは4標本のみだった。これらの結果から、HH情報伝達経路は肺癌細胞のうちおも にSCLCで再活性化されていると考えられる。
は、リガンドによるHH経路の活性化はSCLCの形成に必要なのだろうか。SHHを抗体 で阻害すると、培養SCLC細胞の増殖が阻止された。さらに、SHHとGLI1の両方を発現 する9種のSCLC細胞系をシクロパミン(cyclopamine、HH経路を阻害するアルカロイド) で処理すると、細胞増殖停止とアポトーシスの両方が誘導された。シクロパミン はNSCLC細胞の増殖にはまったく影響を与えなかった。また、HH情報伝達を阻害しない類似の関連化合物は、SCLC細胞にまったく影響を与えなかった。シクロパミンはま た、ヌードマウスにおいて3種類のSHHおよびGLI1発現性SCLC異種移植片の増殖を阻害したが、NSCLCや結腸癌の異種移植片の増殖は阻害されなかった。
H情報伝達の活性化は、以前から髄芽細胞腫と関連づけられてきた。HH経路は小脳の 前駆細胞の分化を調節している。そしてこの脳腫瘍では、HH経路が悪性細胞に前駆細 胞のような運命を持続させるとされている。これと同じように、SCLCは気管上皮前駆 細胞から生じる悪性疾患なのかもしれない。また、SCLC細胞ではSHHの発現が持続し、 PTCH遺伝子の変異が見られないので、SCLC細胞はHH情報伝達能力を維持している。したがって、HH情報伝達を阻害するように設計された薬剤はSCLC患者の治療に効果があるかもしれない。
doi:10.1038/nrc1056
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