羽がないウィングレス遺伝子による癌へ向かう飛行
Nature Reviews Cancer
2003年4月1日
WNT癌遺伝子は、ショウジョウバエでウィングレス(wingless)遺伝子として初めて同定され、腫瘍発生において何らかの役割を果たすとされるが、癌治療に有効な標的分子になりうるだろうか。Genes & Development誌の2月15日号に報告された論文によれば、Lewis Chodoshらはこの可能性をマウスの条件乳癌モ デルを用いて調べた。そしてWnt1タンパク質が欠損すると、進行した癌の場合でさえ 腫瘍の退縮がもたらされうることを示している。
hodoshらは、ドキシサイクリン存在下でのみ乳腺組織でWnt1タンパク質を発現する 遺伝子導入マウスを作出した。Wnt1タンパク質が誘導されると、Wnt1が転写調節に関 与する標的遺伝子Mycの発現がもたらされ、96時間以内に脈管の分枝が増加した。ドキシサイクリンの連続的投与によってWnt情報伝達の持続期間を延ばすと、1年以内に90%のマウスに浸潤性乳癌(大部分が腺癌)が発生した。一方、対照マウスでは1年を超えても腫瘍は生じなかった。ヒトの乳癌ではしばしば肺転移が見られるが、これと同様に、Wnt誘導性乳腺腫瘍が明らかになった10匹のマウスのうち3匹には解剖 時に肺転移が観察された。
瘍発生までの潜伏期間が長いことから、腫瘍形成にはほかの複数の遺伝的変化が必要だと考えられる。また、潜伏期間が長いとWnt1タンパク質を阻害する治療の効果が弱まるかもしれない。ところが、乳腺腫瘍形成後にドキシサイクリンを除去すると、約2週間以内に94%の症例の腫瘍が完全に退縮した。同系マウスに移植した腫瘍の遺伝 子発現を解析したところ、Wnt1遺伝子とMyc遺伝子の両方の発現量が ドキシサイクリンの使用中止後36〜54時間までにかなり減少することが確認された。 腫瘍が転移能を獲得するには、さらに多くの遺伝的変化が起こるにちがいない。しか し、おもしろいことに、マウス宿主に移植した転移病変は依然としてドキシサイクリン除去と導入遺伝子の発現抑制に反応し、調べた7匹のマウスの腫瘍はすべて、ドキシサイクリン除去後2〜4週間以内に完全に退縮した。
は、なんらかの遺伝的損傷がこの腫瘍の退縮に影響を及ぼすのだろうか。p53タンパク質の欠損はヒトの乳癌でしばしば起こり、Wnt1誘導性乳腺腫瘍の侵襲性を増加させることが以前に示されていた。p53タンパク質を欠くWnt誘導性腫瘍の多くは、それでもドキシサイクリン除去後に完全に退縮することが可能だったので、p53タンパク質自体は腫瘍の退縮に必要でないと考えられる。ところが、単一のTrp53対立遺伝子が欠失すると、完全に退縮する腫瘍の数が著しく減少し、40%の腫瘍は退縮して触診できない状態にはならなかった(Trp53遺伝子が野生型のマウスでは完全に退縮しない腫瘍は6%だった)。また、導入したWnt1遺伝子の無発現状態が続いているにもかかわらず、急速に腫瘍の増殖が再開された。これは、Trp53遺伝子のヘテロ接合性の自然消失と、その結果として起こる染色体の不 安定性によるのかもしれない。染色体の不安定性は、Trp53+/-マ ウスに生じた腫瘍のFACS(蛍光標示式細胞分取器)による解析で観察された。 Wnt1タンパク質の阻害が効果的な癌治療法になるためには、腫瘍の退縮の誘導が長期間可能でなければならない。退縮した乳腺腫瘍のほぼ3分の1は、1年以内に再発した。 Trp53+/-マウス群では再発の程度と再発率がともに増大し、ほぼ80%の腫瘍が30週目までに再発した。
のように、p53タンパク質が欠損していると、腫瘍が完全に退縮していたマウスの乳腺腫瘍の再発が増加するので、無再発生存率が低下する。Wntタンパク質の不活性化は、p53タンパク質を欠損させる選択圧をかける。p53タンパク質が欠損していると、この経路を標的攻撃する薬剤の効果が弱まるかもしれない。それでもChodoshらの報告は、Wntタンパク質の阻害剤の開発が探求する価値のある効果的な抗癌戦略になりうることを示している。
doi:10.1038/nrc1054
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