変わる信号
Nature Reviews Cancer
2003年5月1日
RASタンパク質が細胞を悪性転換させる性質をもつことは、このタンパク質が30年前に発見されたときから明らかだった。しかし、腫瘍形成性のRASタンパク質を種々の種類の正常細胞に導入したとき、細胞周期の停止が引き起こされるのはなぜだろうか。正常細胞には、RASタンパク質が活性化されるときに細胞周期の進行を妨げる安全装置として働く機構があるらしい。それゆえ、RASタンパク質が細胞増殖に対して積極的な影響をもつためには、さらに別の遺伝的変化が起こって細胞周期のチェックポイントによる制御を克服し、腫瘍の発生に寄与するにちがいない。Molecular and Cellular Biology誌の4月号でAlison Lloydらが明らかにしたところによれば、p53およびRB(網膜芽細胞腫)癌抑制遺伝子経路がこの腫瘍形成過程において異なる役割を担っている。
loydらは、ラットの初代シュワン細胞を利用し、どのような遺伝的変化が腫瘍形成性Rasタンパク質と協同して作用し、悪性転換表現型に寄与するのかを調べた。このシュワン細胞は無制限に増殖するが、ふつうは不死化の過程で失われる細胞周期の制御を維持している。Lloydらはまず、腫瘍形成性Ras タンパク質とp53の優性阻害型変異タンパク質(dnp53)を発現する細胞(Ras/dnp53細胞)および腫瘍形成性RasとSV40ラージT抗原(LT)を発現する細胞(Ras/LT細胞)を作出し、p53タンパク質の寄与を調べた。LTはp53経路とRB経路を阻害する。Ras/dnp53細胞とRas/LT細胞は、両方とも分裂促進因子がなくても増殖することができたが、軟寒天培養や単層培養で高い増殖能を示したのはRas/LT細胞だけだった。したがって、RASタンパク質が足場依存性と接触阻止を克服するには、たぶんRB経路とp53経路の両方が阻害される必要がある。
Tタンパク質の欠失解析実験から、Rb経路を阻害するLTのアミノ末端側領域がRasおよびdnp53と協同して作用し、軟寒天培養での増殖を可能にすることがわかった。dnp53および活性型Rasを発現する細胞は、自然に足場非依存性を獲得することがある。この場合、サイクリン依存性キナーゼを阻害するInk4aタンパク質の発現が10例中5例ではプロモーターのメチル化のために失われている。INK4Aタンパク質は癌抑制遺伝子経路でRBファミリーのタンパク質の上流にあるので、INK4Aタンパク質が欠損するとRBファミリーのタンパク質が欠損したことになり、足場に依存せずに増殖する能力が得られることが予想される。Lloydらは、アンチセンス法によるInk4a発現の抑制およびInk4aの欠損によく似たCdk4変異タンパク質の発現が Ras/dnp53細胞に足場非依存性を与えることを示し、これが事実であることを証明した。
loydらの研究結果からわかるように、RASタンパク質の腫瘍形成信号を停止から作動に変えるにはいくつかの遺伝的変化の積み重ねが必要である。 p53タンパク質の欠損は分裂促進因子非依存性を与えるが、細胞が接触阻止と足場依存性を克服するにはRB経路も阻害されなければならない。このRB癌抑制遺伝子経路の阻害は、INK4Aタンパク質の欠損によって起こることが多く、このふつうに見られる癌抑制遺伝子が腫瘍表現型に寄与するしくみが説明される。
doi:10.1038/nrc1078
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