汝の隣人を愛せよ
Nature Reviews Cancer
2003年6月1日
旧約聖書に記載されている「十戒」(神がモーゼを介してイスラエルの民に与えた10 の戒め)のようなものが必要なら、楽しくて健全な細胞共同体をつくるための「十戒」に「汝の隣人を愛せよ」が間違いなく含まれるだろう。正常な細胞は、組織の中で隣接した細胞を認識し、互いに接着し、応答することによって適切な機能を維持している。これとは対照的に、腫瘍細胞にはこの命令に従わないものがあり、周囲の組織に侵入し始める。これは、しばしば細胞間接着分子が破壊された結果として起こる。この接着分子の1つはE‐カドヘリンで、乳癌などの上皮腫瘍の転移にはこの接着分子の変化が関与するとされている。今回、Cell誌にWadeらが発表した研究によると、乳癌患者の治療後の経過についてエストロゲン受容体(ER)陽性の患者と陰性の患者を比較したところ、経過不良の臨床結果と上述の観察結果が一致した。Wadeらは、MTA3(転移関連遺伝子3)というタンパク質による転写調節がER発現の消失とE‐カドヘリン発現の消失を結びつけることを機能面から明らかにしたのである。
初にWadeらは、タンパク質の結合性を共沈法を利用して調べ、MTA3が(もっと知名度が高い類縁タンパク質のMTA1やMTA2と同様に)Mi-2、MBD3およびHDAC1と結合することを示した。そしてこの結果から、MTA3がMi -2/NuRDヒストンデアセチラーゼ複合 体の構成成分の可能性があると考えた。Mi-2/NuRD複合体はクロマチンを修飾して転写抑制物質(リプレッサー)として作用することが知られ、これと一致して、MTA3は 機能測定用ルシフェラーゼ遺伝子の転写を抑制することがわかった。
は、MTA3経路の上流と下流にある生理学的標的因子は何だろうか。ER陽性乳癌細胞系とER陰性乳癌細胞系のmRNAとタンパク質の発現量を比較したところ、MTA3の発現量とER発現の有無との間に相関があることがわかった。ER陽性細胞系の培養基からステロイドを除去するとMTA3の発現量が減少し、ERを過剰に発現させると逆にMTA3の発現量が増加したので、ERを介した情報伝達がMTA3の発現量を調節していることが明らかになった。MTA経路の下流に存在する因子に関しては、MTA3タンパク質が結合する標的因子としてSnail遺伝子のプロモーターが同定された。機能測定用ルシフェラーゼ遺伝子を連結したSnail遺伝子プロモーターからの転写は、同時にMTA3タンパク質を細胞内に導入すると抑制され、この転写抑制はヒストンデアセチラーゼの阻害剤に感受性だった。 Snailタンパク質がE‐カドヘリンの転写抑制物質としてすでに記載されている事実がこのつながりを完全なものにしている。これらの結果から考えると、 ER陰性の乳癌ではMTA3の発現量の減少がSnailタンパク質の発現量の増加とE‐カドヘリンの発現量の減少をもたらし、腫瘍の転移に有利に働くのだろう。
の一連の過程が起こることは、ステロイドを除去した培地で7日間培養してからエストラジオールにさらしたER陽性のT47D細胞系でのMTA3、 SnailおよびE‐カドヘリンの発現量の変化を追跡する実験で確認された。重要なことは、医療現場から得た乳癌標本の解析によって試験管内での実験結果が裏づけられたことだ。乳癌標本の解析では、MTA3の発現量とERの状態との間に強い相関が見られた。また、115人の女性乳癌患者から得た標本の遺伝子発現のマイクロアレイ解析の結果は、ERとE‐カドヘリンの発現に強い相関があることを示した。
adeらの研究は、ER陰性の乳癌は浸潤性をもつため治療後の経過が不良になる可能性 がある理由を説明しただけでなく、ER陽性の腫瘍の治療に一般的に用いられている選 択的エストロゲン受容体モジュレーター(selective oestrogen-receptor modulator、 SERM)の使用にも影響を与える可能性がある。SERMがMTA3遺伝子の転写を増 大させるERの能力には影響を与えないことを確定することが重要だろう。
TA3遺伝子の転写が減少すると、E‐カドヘリンの発現量が減少し、腫瘍が転移する可能性が増加すると考えられるからだ。
doi:10.1038/fake866
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