Research Highlights

意外な関係

Nature Reviews Cancer

2003年6月1日

トランスフォーミング増殖因子(TGF)‐βを介した情報伝達は、正常細胞では細胞増殖停止応答を誘発する。ところが癌細胞では、TGF‐βを介した情報伝達経路に少しも遺伝的欠損がないのに、TGF‐βを介して細胞増殖を抑制する能力が失われることがしばしばある。Stefano Piccoloらは、TGF‐βを介した応答を調整する因子を新たに同定するスクリーニングを実施した。そして驚くべきことに、TGF‐βの標的になる種々の遺伝子の活性化にp53タンパク質が関与していることを発見した。

GF‐βファミリーに属するタンパク質は、セリン/トレオニンキナーゼ領域をもつ受容体に結合し、SMADファミリーの各種転写調節因子のリン酸化を活性化する。SMADファミリーの転写調節因子は他の補助因子とともにDNAに結合する複合体を形成し、標的遺伝子群の転写を活性化するが、この情報伝達経路を調整する他の構成要素についてはほとんどわかっていない。Piccoloらは、アフリカツメガエルの胚発生過程におけるTGF‐β情報伝達経路の活性化因子を機能面から偏りなく審査し、活性化因子の1つがp53タンパク質のスプライス部位変異体(p53AS)であることを見いだした。p53AS タンパク質は、胚発生の過程でTGF‐βの標的になる一群の遺伝子を活性化することがわかった。また、Xp53タンパク質が欠損すると、TGF‐β遺伝子応答の減少が原因で異常な発生を引き起こすこともわかった。p53ASタンパク質は、アフリカツメガエルの細胞内でSMAD転写調節因子と相互作用し、塩基配列特異的転写因子として 作用することによってTGF‐β遺伝子群の転写を活性化した。では、ヒトの癌細胞ではp53タンパク質はTGF‐βを介した情報伝達に関与しているのだろうか。

iccoloらは、干渉作用をもつ低分子RNA(SiRNA)を利用してHepG2細胞のp53タンパク質の発現量を減少させた。HepG2細胞は TGF‐βに対する応答性が高い癌細胞系で、正常条件下ではp53タンパク質を発現する。Piccoloらは、内在性p53タンパク質の発現量が減少するとTGF‐βの標的遺伝子群の発現が低下し、正常条件下ではTGF‐β情報伝達によって誘発される細胞増殖の停止に細胞が打ち勝つことを見いだした。さらに、ふつうはTGF‐β情報伝達に応答しないp53遺伝子完全欠失癌細胞系のp53活性を回復させたところ、SMADに依存した細胞増殖の阻害が起こった。

ころで、p53タンパク質はどのようにしてTGF‐β転写応答を媒介するのだろうか。 Piccoloらは、p53タンパク質がHepG2細胞ではSMAD2およびSMAD3と結合していることを見いだした。また、この結合にはTGF‐β情報伝達が必要だった。さらに、p53ファミリーに属するタンパク質がSMAD複合体と相乗的に作用し、Mix2というSMAD 特異的プロモーターからの転写を活性化した。また、哺乳類の細胞では数種のTGF‐β標的遺伝子がp53タンパク質およびSMAD転写調節因子に共同で制御されていることがわかった。

iccoloらの研究から、p53タンパク質がSMAD転写調節因子と協力して遺伝子発現を制御できることがわかり、TGF‐βを介した情報伝達の新しい調節機構が明らかになった。p53活性は多種多様な腫瘍で破壊されているので、腫瘍細胞がTGF‐βを介した増殖阻害を受けないのはp53活性がないためかもしれない。p53タンパク質とSMAD転写調節因子の標的になる遺伝子が細胞増殖を阻止するしくみと、p53ファミリーに属するp63やp73などのタンパク質もTGF‐β情報伝達を調整することができるかどうかを解明するには、今後さらに実験を進める必要がある。

doi:10.1038/nrc1110

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