手に負えない再生利用
Nature Reviews Cancer
2003年8月1日
再生利用(リサイクル)は環境には望ましいと考えられるが、癌細胞にこれが当てはまるとはいえまい。細胞の表面から増殖因子受容体を再生する飲食作用は腫瘍形成をもたらす情報伝達経路の活性化を抑えるので、受容体の移動経路を変化させれば悪性形質転換を誘発する機構になるかもしれない。今回 Theodora Rossらにより、癌細胞が自分自身のために飲食作用を操作するしくみの最初の例が報告されている。
ハンチンチン相互作用タンパク質‐1(HIP1)はクラスリンを介した飲食作用の補助因子で、ヒトのさまざまな上皮癌での発現の増大が見いだされてきた。HIP1の発現増大が悪性形質転換の誘発の原因となる役割をしているかどうかを調べるため、RossらはHIP1を安定に発現する繊維芽細胞を作出した。HIP1の過剰発現は、細胞に3つの能力を賦与することがわかった。すなわち、足場非存在下での増殖能、低密度培養下での焦点接触(フォーカス)形成能、そして免疫系に欠損のあるマウスにその細胞を注入した場合の腫瘍形成能である。これらの能力はいずれも悪性形質転換の指標である。HIP1を発現する細胞は対照の細胞よりも増殖速度が速く、興味深いことに、血清を0.1%だけ添加した培地で増殖可能だった。この血清濃度の培地では、RASタンパク質で悪性転換させた細胞は増殖できなかった。このことから、HIP1を発現する細胞は増殖因子の影響を受けやすいと考えられる。
では、HIP1発現はどのようにして増殖因子を介した情報伝達経路に影響を及ぼすのだろうか。Rossらはまず上皮増殖因子受容体(EGFR)経路について調べ、EGFR発現の増大と細胞表面のEGFR量の増加を見いだした。EGFRが活性化されていることも、チロシン残基のリン酸化によって証明した。また、情報伝達経路の下流にあるERK(細胞外信号制御キナーゼ)カスケードやPI3K(ホスファチジルイノシトール 3‐キナーゼ)などの数種の構成要素も活性化されていたが、PLCγ(ホスホリパーゼC-γ)は活性化されていなかった。
これらの観察に基づくだけでは、HIP1発現性細胞が低濃度血清培地でどのように増殖するのかという疑問の答えは出てこなかった。HIP1発現性細胞が増殖因子を分泌するという可能性は否定された。HIP1発現性細胞由来のならし培地はEGF感受性のMCF10A 細胞系の低濃度血清培地での増殖を支持しないことがわかったからである。また、培地にEGFを添加すると増殖が刺激され、EGFR阻害剤を添加すると増殖が抑えられたので、EGFR活性は構成的ではないこともわかった。しかし、増殖の変化と悪性形質転換のすべての過程がEGFR阻害剤によって阻害されたわけではないので、他の増殖因子の 経路の関与が考えられる。
Rossらは、さらに解析を進めてこのことを確認した。HIP1発現性細胞では繊維芽細胞増殖因子受容体3および4の発現が増大していたのである。 HIP1はクラスリンおよび飲食作用のアダプタータンパク質AP2と相互作用するとされているので、HIP1はクラスリンの移動を介した機構によって数種の増殖因子受容体に影響を及ぼすのではないかという仮説が立てられた。実際、HIP1発現性細胞では、AP2の発現が抑制され、クラスリンはゴルジ網に濃縮されていた。この2つの過程が起こると、受容体の取込み、再生利用および分解が減少することがある。
したがって、HIP1は飲食作用を変化させて細胞を悪性転換し、細胞表面に増殖因子受容体を蓄積させる。しかし、このことが実際にヒトの癌に関連するのだろうか。Rossらは多数の原発乳癌症例でHIP1とEGFRの発現を解析し、乳腺組織が正常から浸潤癌に進行するに伴ってHIP1発現が増加する傾向があることと、EGFR発現はHIP1発現と相関することを明らかにした。それゆえHIP1は、治療後の経過を予測する指標や分子標的治療に使えるかもしれない。
doi:10.1038/nrc1128
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