ゲフィチニブに関する最新情報
Nature Reviews Cancer
2003年8月1日
ゲフィチニブ(Gefitinib、商品名「イレッサ」Iressa)は、英国のアストラゼネカ社が世界に先駆けて開発した新種の分子標的抗癌剤で、上皮増殖因子受容体のチロシンキナーゼ活性を阻害する。ゲフィチニブは、2002年に日本で承認され、続いて2003年5月に米国の食品医薬品局(FDA)によって他の治療法で効果がなかった進行
性非小細胞肺癌の治療用に承認された。ゲフィチニブは、臨床開発の過程でいくつかの障害があったが、癌治療薬として大成功しているのではないだろうか。
細胞傷害作用をもつ薬剤による化学療法は、ある種の癌の治療に大きな効果を与えてきたが、多くの固形腫瘍に対しては効き目が限られ、かなりの副作用を伴う。このことは特に、世界的に見て癌による死亡の主因を占める肺癌で認められる1。
最も多く見られる非小細胞肺癌(non-small-cell lung cancer、NSCLC)は肺癌症例の約75%を占め、50%以上の患者は手術不能の進行癌として発見される。そして、白金製剤を主体にした標準的第1選択化学療法は、生存期間をほどほどに改善するにすぎ
ない2。第1選択の化学療法が無効であったり耐性が見られたりした進行 性NSCLC患者の治療の第2の選択肢はさらに限定され、ドセタキセル(docetaxel)
がFDAに承認された唯一の選択肢である。非常に進行したNSCLCの場合、化学療法は一 時的な緩和策にすぎず、病気に関連した諸症状の改善は薬の毒性によって損なわれる
ことがある。 細胞傷害作用をもつ薬剤による化学療法は一般に奏効率が限られ、特異性が欠如することから、腫瘍の増殖と進行の根底にある分子経路の異常を標的にして悪性細胞と非悪性細胞を見分け、少ない副作用で高い奏効率を達成しようとする治療法の開発が促進されてきた。特にプロテインキナーゼは癌のあらゆる局面を調節する鍵になる因子だと判明し、今では数多くのキナーゼ阻害剤が開発されている。これらのキナーゼ阻害剤のなかで卓越しているのが、上皮増殖因子受容体(EGFR)などの細胞膜受容体型チロシンキナーゼの活性を阻害する薬剤である3。
EGFRは、4種のきわめてよく似たタンパク質で構成されるERBB受容体ファミリーの一部である。ERBB受容体ファミリーにはEGFR(ERBB1)、HER2(ERBB2)、HER3(ERBB3)およびHER4(ERBB4)が含まれる。このファミリーのタンパク質は、細胞外リガンド
結合ドメイン、膜貫通ドメインおよび細胞内チロシンキナーゼドメインからなる4(図1a)。EGFRにEGFなどのリガンドが結合すると、EGFRは(もう1つのEGFR単量体または別のERBBファミリーの受容体の単量体と会合し)二量体を形成する。二量体が形成されると、細胞内ドメインのチロシンキナーゼ活性が活性化される。すると、受容体の自己リン酸化が引き起こされ、細胞増殖および生存に関与する情報伝達カスケードを作動させる4(図1a)。EGFRの活性化は、細胞増殖、アポトーシスの阻害、血管新生および転移を含む腫瘍増殖と進行に必要な過程にかかわっている3(図1a)。EGFRは、40〜80%のNSCLC症例を含む多様な固形腫瘍で発現され、EGFRタンパク質の過剰発現が腫瘍の進行と治療後の経過不良に関連するとされている。このことは、NSCLCを含む種々の固形腫瘍を対象にしたEGFR阻害剤の評価に強い論理的根拠を与えている5,
6。
a リガンド(EGF、TGFα) EGFR 自己リン酸化 ゲフィチニブ 情報伝達カスケード(たとえば、MAPK)の活性化
↑細胞増殖 ↓アポトーシス ↑浸潤および転移 ↑血管新生
b ゲフィチニブ(ZD1839) 4‐(3‐クロロ‐4‐フルオロアニリノ)‐7‐メトキシ‐ 6‐(3‐モルフリノプロポキシ)キナゾリン;
C22H24ClFN4O3;分子量=446.90;
CAS登録番号:184475-35-2 IC50(EGFR)=0.033 μM IC50(ERBB2)>3.7
μM IC50(KDR)>3.7 μM IC50(FLT-1)>100 μM
薬の性質
EGFRを標的として攻撃する方法は、細胞外リガンド結合ドメインに対するモノクロー ナル抗体や細胞内チロシンキナーゼドメインの低分子阻害剤3などいくつか考えられる。ゲフィチニブ(図1b)は、EGFRの細胞内チロシンキナーゼドメインへの結合をATPと競合して受容体の自己リン酸化を阻害し、下流の情報伝達を遮断する低分子阻害剤である7--9。
ゲフィチニブ(1日1回250 mgまたは500 mgを経口投与)をNSCLCの第3選択の治療法として、142人の進行性NSCLC患者を対象にして評価した。この評価では、白金製剤とドセタキセルを含む化学療法剤による少なくとも2回の既治療のかいもなく腫瘍が進行した患者、またはこれらの化学療法剤によって許容できない毒性が出現した患者を対
象にした8。1日250 mgの推奨投与量で、攻撃目標の腫瘍の奏効率は13.6%、生存期間の延長の中央値は8.9か月だった。
化学療法を受けていない2130人を含む進行性NSCLC患者を対象とし、白金製剤を主体にした化学療法を組み合わせたゲフィチニブの臨床試験も2回行われた。従来の化学療法剤にゲフィチニブを併用しても、奏効率、腫瘍の進行期間や全体的生存期間の増加、あるいは増加の傾向は少しも認められなかった8。
ゲフィチニブは、白金製剤を主体にした化学療法もドセタキセルによる化学療法も奏効しなかった局所進行性または転移NSCLC患者の治療に、単独て適用する8。
2002年度のNSCLC関連市場の取引は全部で約18億米ドルで、2012年までに約42億米ドルまで増加すると見積もられる。現在は、主として白金製剤やタキサン系抗癌剤のよ
うな細胞傷害性薬剤が市場を独占している。2002年度のゲフィチニブの売り上げはこ の市場では影響力が比較的低く、2002年7月の世界に先駆けた日本での使用開始か
ら2002年末までで6700万米ドルであった。 ゲフィチニブの売り上げは、2002年第4四半期に4100万米ドルだったのが2003年第1四半期には1900万米ドルまで下落した。そのおもな理由は、致命的になる恐れがある副作用の間質性肺炎(ILD)が約2%の頻度で発生する懸念があるためである。ILDは日本でのゲフィチニブの使用開始後から観察されている。しかし、ILDの全体的発生頻度は、ゲフィチニブによる治療を受けていないNSCLC患者集団でも同様である。ある種の患者に見られるILD感受性の根底に遺伝的基礎があるか否かを判定する研究が日本で始まっている。
場に関するデータ。 図2 図中文字 白金製剤 タキサン系抗癌剤 ゲムシタビン その他の細胞傷害性薬剤 ゲフィチニブ エルロチニブ
開発中の生物学的製剤
将来のゲフィチニブ市場
[NSCLC]
ゲフィチニブは従来の治療法が効かないNSCLCの治療に対処し、第1選 択または第2選択の治療に耐性をもった患者、またはこれらの治療が奏効しない患者に第3選択肢の治療法を提供する。日本市場の増加、米国での承認後の売り上げの好転、承認適応症外の第2選択治療での使用および2003年のヨーロッパでの承認は、NSCLC治療用のゲフィチニブの年間売り上げを約5億米ドルまで伸ばすかもしれない。しかし、ゲフィチニブと互角の競争相手であるエルロチニブ(erlotinib、商品名ターセバTarceva:
ロシュ社、OSI社、ジェネンテック社が共同開発中、表1)という低分子化合物の売り上げも約5億米ドルと見積もられ、エルロチニブが予想通り2004年にFDAに完全に認可されれば「市場一番乗りを果たした」ゲフィチニブの市場占有率の相当量が奪われるだろう。
表1 固形腫瘍を対象にした臨床開発に選ばれたEGFR阻害剤 |
[他の癌への適応]
アストラゼネカ社は、頭部および頸部癌、乳癌、結腸直腸癌、卵巣癌、前立腺癌、腎臓癌、神経膠腫を含むいろいろな固形癌を対象にして、イレッサの有効性の判定を続行中である。ゲフィチニブの効果を単独療法および第1選択の治療法を含む標準的治療との併用で調べる複数の臨床試験が始まっている。外科手術の補助療法として早期癌にイレッサを投与することも考えられている。しかし現時点では、ゲフィチニブは第1選択治療や補助療法には承認されないと予想される。また、
NSCLCと他の2つまでの癌の第2または第3選択肢の治療に使われることを根拠に、年間 売り上げは毎年最高15億米ドルに達すると予測される。
転移性乳癌を対象とし、ゲフィチニブをトラスツズマブ(trastuzumab、商品名ハーセプチンHerceptin; ジェネンテック社)と組み合わせて投与する第II相臨床試験も行われている。この研究は、EGFRとHER2の両受容体を標的とした攻撃による協同的阻害作用を示した臨床適用前実験の結果に基づいている。この論理的根拠は、2つの機能をもつCI-1033(ファイザー社)およびGSK572016(グラクソ・スミスクライン社)という低分子キナーゼ阻害剤の開発によって拡張された。この2種の阻害剤の初期臨
床試験が現在行われている(表1)。
非常に楽観的に考えられていた。ところが2002年に、乳癌に対するベバシツマブ (bevacizumab、商品名アバスチンAvastin;
ジェネンテック社)の効果が否定され、さらに、結腸直腸癌に対するセツキシマブ(cetuximab、商品名アービタック スErbitux;
イムクローン社)の新薬申請がFDAにより却下されて論争が起こり、これらの薬に対する第1選択治療薬としての期待がしぼんだ。これらの薬は、特定の遺伝子を発現している一部の患者にしか効かない可能性が考えられる。最近、ベバシツマブの結腸直腸癌に対する第III相臨床試験での肯定的な結果が公表され、これらの薬が市販されたときに生じうる影響を評価する作業がさらに複雑になった。臨床的有用性を評価するには、薬の活性を進行癌患者で調べる必要がある。この状況で失敗した場合、早期癌の治療あるいは化学予防薬として使う可能性はなくなるのだろうか。分子標的攻撃型キナーゼ阻害剤を医療現場で最も効果的に利用し、その有望性を現実のものとする前に、今後取り組むべき課題がたくさん残されている。
doi:10.1038/nrc1159
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