Highlight

RASという名の魔術師

Nature Reviews Cancer

2002年4月1日

癌の自然消滅は残念ながらめったに起こらないが、ほかの癌と比べれば神経芽細胞腫で起こる可能性は高い。どのようにして腫瘍は退縮するのだろうか? 矛盾しているように見えるのだが、2種類の癌遺伝子(HRAS、TRKA)の過剰発現と良好な予後とが関係していると考えられてきた。ただし腫瘍の退縮メカニズムは解明されていない。これまでにはアポトーシスや細胞分化といった仮説が提唱されていたが、このほど北中千史たちが非アポトーシス性細胞死という第3の仮説を提示した。 日本では乳児を対象とした神経芽細胞腫の集団検診プログラムが行われており、自然に退縮する神経芽細胞腫の検出が可能になっている。まず北中たちは、集団検診を受けた乳児から採取した腫瘍の検体と神経芽細胞腫がかなり進行した年長の子供から採取した臨床的に腫瘍と判定された検体とを比較した。HRAS染色検査では陽性反応が後者より前者に多く見られ、退縮している細胞領域に集団的に局在することが多かった。しかし、この領域は、活性カスパーゼ-3と断片化しているDNAの3'末端(TUNEL法)という2種類の古典的なアポトーシスマーカーでは陽性とならなかった。むしろ過ヨウ素酸シッフ法や電子顕微鏡解析の結果からは、退縮する細胞は自らを食べている(自食作用)可能性が暗示されている。 次に北中たちは、神経芽細胞腫の細胞系に着目し、HRAS遺伝子が発現すると非アポトーシス機構を介して腫瘍細胞が死ぬかどうかを調べた。野生型HRAS遺伝子あるいはHRAS遺伝子の変異体で恒常的に活性化しているRASV12が発現すると、腫瘍細胞が集合し、断片化する。これに対して活性化していないHRAS遺伝子の変異体は何らの影響も及ぼさない。さらに退縮している細胞は、スタウロスポリンや血清除去によってアポトーシスを誘発された細胞とは外観が異なっていた。この場合もTUNEL法ではDNAの断片化は明確に見られず、電子顕微鏡解析では自食作用による腫瘍退縮にとって特有のリソソームの増加が見られた。 このようなHRASが関与する細胞死の特異な形態にとってカスパーゼの活性化は必要だろうか? カスパーゼ阻害物質を使ってもHRAS誘発性細胞死を阻害できなかったが、スタウロスポリン誘発性細胞死は阻害された。また常に活性カスパーゼの攻撃対象となるポリ(ADP-リボシル)転移酵素(PARP)は、RASが発現している神経芽細胞腫細胞中では断片化されなかった。さらに抗アポトーシスタンパク質であるBCL-XLが過剰に発現しても、HRAS誘発性細胞死は阻害されなかったが、スタウロスポリン誘発性細胞死は阻害された。よって活性化したHRASは、アポトーシス以外の機構によって細胞死を起こしている可能性がある。 HRAS遺伝子と神経成長因子(NGF)受容体TRKAをコードする遺伝子の双方が発現することは、そのいずれか一方のみが発現していることよりも良好な予後の指標として有効である。このため北中たちは、TRKAによってHRAS誘発性細胞死が増えるかどうかを解明しようと試みた。確かにTRKAによってHRAS誘発性腫瘍退縮の比率が上昇したが、それはTRKA遺伝子が過剰発現している時に限られていた。RASという名の魔術師には助手がいたのだ。 ところで今回の研究によって、この魔術師の手品を学ぶことはできるのだろうか? この自食作用によると思われる経路を活性化させる方法がほかにも見つかれば、いつの日か神経芽細胞腫だけでなく、そのほかの種類の腫瘍でも消滅させることができるようになるかもしれない。たとえ必要とされるマーカーが発現していなくてもだ。

doi:10.1038/fake875

「レビューハイライト」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度