枝分かれ不足
Nature Reviews Cancer
2007年5月1日
Tumorigenesis Branching defects
Ras遺伝子は、ヒト癌で最も頻繁に変異する遺伝子の1つであり、その機能(および機能障害)の多くの側面が数十年間にわたって研究されているが、依然として完全には解明されていない。これは、さまざまなクロストークおよびフィードバック機序によって状況依存性に調節される、Rasシグナル伝達ネットワークの複雑さによるものと思われる。これについては、まだ詳細な研究が行われていない。現在A ShawとT Jacksらは、Rasマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)拮抗因子Sprouty 2(Spry2)が、発生時および腫瘍形成時に発癌性Krasを調節することを明らかにしている。
Ras活性化変異は、腫瘍性疾患の根底にも発生異常の根底にもあることから、ShawとJacksらは、マウス発生時の発癌性KrasG12D変異の作用を検討し、生殖細胞系KrasG12Dが活性化していると、胎盤栄養膜細胞の欠損によって胚が早期に死亡することを突き止めた。これは胚本体へのKrasG12D発現を制限することで回避できたが、胚はそれでも心血管および造血の異常によって死亡した。肺には重度の分枝異常が認められ、気管支が拡張したままで終末気管支または終末細気管支を有するものはほとんどなかった。肺の分枝形態形成は、肺上皮およびその基礎を成す間葉からの両シグナルにより調節されている。 ShawとJacksらは、発生時の肺上皮でのみKrasG12Dが発現するマウスに肺の異常がみられることを確認し、KrasG12Dが間葉ではなく上皮に影響を及ぼすことを示した。
分枝異常を引き起こす分子機序について詳しく知るため、ShawとJacksらはSpry2 (分枝の重要な調節因子)に注目した。In situハイブリダイゼーション分析を実施したところ、KrasG12Dの胎児肺はSpry2の発現が増加し、高レベルのSpry2発現が肺分枝の最先端に限られる野生型の肺と比べて分布が均一であることがわかった。Spry2はRas-MAPKシグナル伝達の拮抗因子であることから、Jacksらは、抗phoshoMAPK抗体を用いてMAPK活性化を検討した。総phoshoMAPK値に有意な変化は認められなかったが、その局在化にはSpry2を反映した変化がみられたことから、発癌性RasはSpry2 を介してphosphoMAPKの局在化を阻害することで肺の分枝を妨げていることがうかがえる。実際、レンチウイルスのshRNAによってin vivoでSpry2をノックアウトしてもノックダウンしても、発癌性Krasによる肺の分枝異常は抑制された。
発癌性Krasの発現が肺癌をも誘導するとすれば、やはりSpry2が関与しているのだろうか。SPRY2の発現は、自然組み換えによって孤発性に活性化されるKrasG12D対立遺伝子が発現するマウスの肺腫瘍で多く、SPRY2レベルは、phosphoMAPK値と逆相関していた。さらに、Spry2ヌルのマウスは、KrasG12D発現によって誘導された肺腫瘍数が多いことがわかっており、Spry2はKrasG12Dを介する肺腫瘍形成では腫瘍抑制因子として機能するという考えを裏付けている。
Spry2がRasシグナル伝達に拮抗する機序は複雑かつ状況依存性であるが、この研究からは、Rasを原因とする疾患の発生においては負の調節が重要であることがわかる。
doi:10.1038/nrc2134
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