「危険」信号
Nature Reviews Cancer
2007年10月1日
Toll様受容体(TLR)は、外因性および内因性の「危険」信号を認識するが、瀕死の腫瘍細胞に対する効率的な免疫応答はどのように起こるのだろうか。G KroemerとL Zitvogelらは、これまで知られていなかった経路、すなわち化学療法後に死滅しつつある腫瘍細胞がTLRによって認識され、免疫応答の引き金となる経路について記載している。
野生型TLRをもつか、またはさまざまなTLRが欠損したマウスの足蹠に、ドキソルビシンまたはオキサリプラチンで治療した瀕死の胸腺腫、肉腫、結腸癌細胞のいずれかを接種したところ、腫瘍抗原による再刺激後のT細胞プライミング(インターフェロンγの産生量として測定)に異常があったのは、Tlr4–/–マウスのみであることが明らかになった。野生型マウスの樹状細胞(DC)が枯渇すると、瀕死の腫瘍細胞によるT細胞のプライミングは終息した。さらに、野生型またはTlr4–/–のいずれかのDCを瀕死の腫瘍細胞に暴露してTlr4–/–マウスに移入したところ、T細胞を活性化できなかったのはTLR4のないDCのみであり、免疫応答にはTLR4+ DCが必要であることがわかった。次に、KroemerとZitvogelらは共沈降法を用いて、瀕死の腫瘍細胞によって放出された内因性のタンパク質high-mobility group box 1 protein(HMGB1)が危険信号となり、DC上のTLR4に結合して刺激することで免疫応答を動員することを明らかにした。この信号が必要である理由は、HMGB1に対する短い二本鎖RNA(siRNA)または中和抗体と腫瘍細胞とのプレインキュベーションが、瀕死の腫瘍細胞によるDCの刺激能力を阻害したためである。瀕死の腫瘍細胞に暴露されたMyd88–/– DCは、Tlr4–/– DCと同じ挙動をみせたことから、HMGB1を認識したTLR4は、TLRアダプターであるmyeloid differentiation primary response protein(MYD88)を通じてシグナルを変換する。
では、HMGB1-TLR4-MYD88経路は、抗癌剤の効果にどう関与するのだろうか。Tlr4–/–マウス、またはHMGB1のない瀕死の腫瘍細胞は、初回注入から1週間後に接種した同じ腫瘍細胞に対して、効率的な抗腫瘍反応を誘発できなかった。腫瘍が定着したマウスにTLR4またはMYD88がなければ、化学療法も局所放射線療法も、野生型マウスにみられたほどの腫瘍増殖の抑制や生存期間の延長をもたらさなかった。
以上の所見は、患者とどうかかわってくるのだろうか。白人の8~10%にはTLR4(Asp299Gly)に多型があり、これが乳癌に対する化学療法の効果を弱める可能性がある。KroemerとZitvogelらは、この多型がTLR4とHMGB1との相互作用を抑え、DCが瀕死の腫瘍細胞からの抗原を細胞傷害性T細胞に提示するのを妨げていることを突き止めた。また、リンパ節浸潤のため、術後にアントラサイクリン類による治療を受けた非転移性乳癌患者280例を対象に、転移までの時間を分析している。術後5年までの転移率は、野生型TLR4をもつ患者が26.5%であったのに対して、変異型TLR4をもつ患者は40%であり、変異型TLR4をもつ患者の無転移生存率も有意に低かった。
以上のように、瀕死の腫瘍細胞は治療の成功に必要な免疫応答を誘発し、現在の化学療法における免疫原性の改善に利用できる可能性がある。
doi:10.1038/nrc2240
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