アスピリン使用により糖尿病の心血管リスクは低下するか?
Nature Reviews Endocrinology
2009年4月1日
Does aspirin use reduce cardiovascular risk in diabetes?
2型糖尿病患者の心血管イベントの一次予防におけるアスピリン使用に関しては議論の余地がある。日本で行われた試験からは、65歳以上の患者を除き、アスピリン使用による心血管リスクの低下は望めないことが示唆されている。
心血管イベントは2型糖尿病(T2DM)患者における合併症発症および死亡の主要な原因であり、また、同患者では心筋梗塞または脳卒中リスクが2~4倍増大することが知られている1。ここ10年間に、高血圧や脂質異常に対する治療法が進展し、T2DM患者の心血管リスクは改善された。しかし、重大な心血管イベントの発現率は、血糖値やLDLコレステロール値、血圧の厳格な管理にかかわらず依然として上昇している。T2DM患者では心血管イベントリスクの低減を目的に低用量アスピリンが処方されることが多いが、このアプローチ法を一部支持する知見が今回、日本より発表された。 血小板機能の変化は、T2DM患者における問題の1つとして長い間捉えられてきた。T2DM患者では、凝集因子に対する血小板感受性の増大、血小板-血漿相互作用の亢進、血小板代謝回転の増強、生化学経路の変質など、種々の変化が生じる可能性がある。最も深刻な問題が、強力な血小板凝集因子であるトロンボキサンの産生増強である。血小板によるトロンボキサン産生は低用量アスピリンの投与により不可逆的に阻害されることから2、血管イベントリスクの高いT2DM患者の一次および二次予防においてはアスピリンが使用されてきたのである。
Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes(JPAD)試験でOgawaら3は、心血管疾患のない2,539例のT2DM患者を対象にアスピリン81~100mgの連日投与が心血管イベントに及ぼす効果について検討した。一次エンドポイントは、追跡期間中(中央値4.37年)におけるアテローム硬化性イベントの発現であった。 本前向き無作為化試験では様々な知見が得られた。追跡期間中に発現した心血管イベントは154件で、そのうち68件はアスピリン群(1,000例/年あたり13.6件)、86件は非アスピリン群(1,000例/年あたり17.0件)であった。一次エンドポイントに対するアスピリンの有益性は有意ではなかった(P=0.16)。しかし、致死的心血管イベントは非アスピリン群では10例で発現したのに対し、アスピリン群では1例のみであった(P=0.0037)。さらに、65歳以上の1,363例ではアテローム硬化性イベントの発現率が非アスピリン群(59件、9.2%)に比べてアスピリン群(45件、6.3%)で有意に低下した。すなわち、65歳以上のグループではアスピリンにより心血管リスクが32%低減することが示唆された(ハザード比0.68、95%CI 0.46~0.99、P=0.047)。 著者らは、一次予防としての低用量アスピリン投与は心血管イベントリスクを低下しないと結論づけている。しかし、本試験におけるアテローム硬化性イベントの発現率は予想よりもかなり低いものであった。これは、T2DM患者を対象に実施された他の一次予防試験4でも同様に認められた問題である。十分な対象症例数、治療効果、試験期間を正確に見積もることができる無作為化対照比較試験において、一次エンドポイントの発現率を正確に予測することはきわめて重要である。Ogawaらの試験ではアテローム性イベントが予想の3分の1しか発現しておらず(1,000例/年あたり17件vs 52件)、一次エンドポイントにおける2群間の有意差を検出するのに足る検出力が得られなかった。そのためアスピリンの優位性が規定できなかったのであり、これは有益性がなかったことを示すものではない。
こういった問題点はあるものの、Ogawaらの試験では有望な知見も得られている。非アスピリン群に比べてアスピリン群で心血管死が減少し、アスピリン投与を受けた65歳以上の患者では心血管イベントリスクが有意に低下した。この知見は、他のアスピリンに関する試験結果と関連づけて考えられよう。報告によれば、アスピリン投与により糖尿病網膜症患者の心筋梗塞リスクが28%5、高血圧患者では36%6低減するとされている。その他、抗血小板関連の主要なメタアナリシス7の結果などから、米国糖尿病協会(ADA)9、米国心臓協会(AHA)、米国Preventive Services Task Forceは、血管リスクの高いT2DM患者に対して低用量アスピリンの使用を推奨するようになった(表1)。これらのガイドラインに基づくと、T2DM患者の約85~98%にアスピリン療法が適用されよう。 ただし、ガイドラインはそのとき最も入手しやすいエビデンスに基づいて作成され、新しいエビデンスが得られると定期的に改訂される。また、リスクよりもベネフィットが重視されるべきである。アスピリンの主要なリスクは消化管および脳内出血である。Ogawaらの試験では、アスピリンの忍容性は良好であった。アスピリン群において出血性脳卒中リスクは増大せず、重篤な消化管出血リスクもわずかに上昇しただけであった。
では、今後はどの方向へ向かうべきか?アスピリン投与と非投与とを比較する、デザインに優れた大規模な前向き無作為化試験の実施が不可欠であろう。T2DM患者を対象にアスピリンの一次予防効果を検討した過去の試験は、いずれも検出力が不十分であったか、サブグループ解析における予想外の統計学的変化による影響を受けていた。現在、A Study of Cardiovascular Events in Diabetes(ASCEND)とAspirin and Simvastatin Combination for Cardiovascular Events Prevention in Diabetes(ACCEPT-D)9の2つの試験が進行中である。 ASCEND試験では、血管疾患のないT2DMおよび1型糖尿病患者10,000例が、アスピリン75mg/日群またはω3脂肪酸1g/日群に無作為に割り付けられた。一次エンドポイントは致死的または非致死的心筋梗塞、および脳卒中である。本試験は、T2DM患者における低用量アスピリンの効果と安全性に関する回答を得るのに十分な検出力を備えていると考えられる。一方ACCEPT-D試験では、血管疾患のないT2DMおよび1型糖尿病患者5,170例が、シンバスタチン20~40mg/日+アスピリン100mg/日併用群とシンバスタチン単独群に無作為に割り付けられた。本試験では、主要な心血管エンドポイントの発現が5年間追跡調査される予定である10。検出力も十分に備えていると考えられ、心血管リスクに対するスタチン(およびアスピリン)の効果を検討するのに優れている。両試験の結果は、数年以内に得られよう。
これらの試験結果が発表されるまでは、心血管イベントリスクが高いT2DM患者に対して低用量アスピリン(75~162mg/日)療法を考慮すべきと考える。
doi:10.1038/nrendo.2009.44
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