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甲状腺ホルモンとヨードと脳の重要な関係

Nature Reviews Endocrinology

2009年9月1日

Thyroid function Thyroid hormones, iodine and the brain—an important concern

妊娠中に長期間にわたって甲状腺ホルモン値の低い状態に胎児が曝されると不可逆的な脳障害が生じ、神経および行動発達が遅延する恐れがある。この異常の背景にある機序とは?また母体に対するヨード補充を早期に開始すれば、この有害な影響は阻止できるのであろうか?

甲状腺ホルモンは脳発達の重要な調節因子であり、胎児が発育中に一定期間以上にわたって同ホルモン値が不十分な状態に曝されると不可逆的な脳障害が生じる恐れがある。妊娠第1期の胎児は母親由来の甲状腺ホルモンのみを利用するが、妊娠後期になると胎児自身による甲状腺ホルモン産生が重要となってくる。したがって脳発達における有害な影響を回避するためには、妊娠女性と児の双方の甲状腺機能が最適な状態でなければならない。スペインの研究者らは動物を材料に、母体の甲状腺機能低下症に起因する胎児異常の特性について重要な知見を明らかにした1。この結果を受けて、軽度のヨード欠乏が高頻度にみられる地域に居住する母親から生まれた児を対象に神経および行動発達を検討する臨床試験が実施された2。同試験においてBerbelらは、妊娠初期の遊離T4値が低い女性から生まれた児ではヨード補充開始が6~10週間遅れただけでも脳の発達が遅延する可能性があると結論づけている。

Berbelらは軽度のヨード欠乏が高頻度にみられるスペインのMarina Baixa地域に居住する妊娠女性345名を登録し、以下の3つのサブグループに層別化した。すなわち、妊娠初期(4~6週)および満期の遊離T4値が>20パーセンタイルであった群(1群)、遊離T4値が妊娠12~14週には≦10パーセンタイルであったが満期には>20パーセンタイルに上昇した群(2群)、妊娠満期の遊離T4値が≦10パーセンタイルであった群(3群)の3群である。ヨード補充は1群では第4~6週、2群では第12~14週、3群では満期に開始し、授乳中は全員に対してヨード補充を継続した。計44名の小児において、生後18ヵ月時点の神経および行動発達を検討した。神経または行動発達の遅延(主に運動能力と社会的技能)は1群の母親から生まれた児では認められなかったが、2群の母親から生まれた児では25.0%、3群の母親から生まれた児では36.8%に認められた。

Berbelらの研究は、妊娠女性の甲状腺機能低下と児の脳発達に関する懸念について提起している数多くの研究のうちの1つに過ぎない。これらの研究は母親および児の低ヨード摂取に起因する甲状腺機能低下症について検討しているもの、血清甲状腺刺激ホルモン(TSH)値の上昇を伴う母体の原発性甲状腺機能低下症について検討しているもの、もしくは母親の遊離T4値だけが低下している状態について検討しているものの3つに大別される。

重度のヨード欠乏[集団ベースの尿中ヨード濃度(中央値)<20μg/Lにより定義]は中枢神経系の多発性障害を伴うクレチン症から、予想を下回る程度の知能指数の低下まで種々の脳発達障害に関連している。また、中等度のヨード欠乏[尿中ヨード濃度(中央値)20~49μg/L]が一部の小児において脳発達障害のリスクを上昇させる可能性があることも、いくつかの研究によって示されている3,4。しかし、患児の母親のヨード摂取量が平均を下回っていたかどうかは不明であり、小児によってはヨード摂取量が少し低い(50~100μg/L)だけでも発達が妨げられる可能性があるかどうかも明らかでない。また、ヨード欠乏の小児が別の栄養不足や環境要因に曝されていたかどうかもわかっていない。

現在得られている知見からは、低ヨード摂取が脳の発達に及ぼす影響には母体および胎児の双方における甲状腺機能低下が関与することが示唆されよう。このような甲状腺機能低下は、甲状腺ホルモンを合成するための基質となるヨードの不足によって生じる。妊娠中は甲状腺ホルモンの産生が増強し、それに伴って母体のヨード必要量が増加する。そのためWHOは、妊娠中および授乳中の女性に対して1日のヨード摂取量を増やし甲状腺機能と胎児の発育を保持するよう勧告している5。妊娠女性において推奨される尿中ヨード濃度(中央値)は150~249μg/Lと、非妊娠成人における推奨値(100~199μg/L)に比べてかなり高い。 一方、血清TSH値が上昇している妊娠女性では次第に原発性甲状腺機能低下症の徴候が認められるようになるといった懸念が生じる。このような血清TSH値上昇の原因としては、ヨードが十分に摂取されている場合は自己免疫性甲状腺炎の可能性やコントロール不良の甲状腺機能低下症の既往が強く推測される。母体のTSH値上昇が妊娠転帰のさまざまな側面に悪影響を及ぼす可能性については複数の研究で示唆されているものの6,7、認められた合併症は研究によって多少異なる傾向がみられる。その結果、妊娠初期のすべての女性に対するTSHスクリーニングの実施可能性については議論が起こっている。スクリーニングの必要性を示す報告が蓄積されていないため、現行では疾患の早期発見(case-finding)が推奨されている。前向き試験の結果が待ち望まれよう。 さらに稀ではあるが、妊娠初期に血清遊離T4値だけが低下しているサブグループが存在する。オランダの研究者ら8は、対象集団において妊娠第1期の遊離T4値が≦10パーセンタイルを示す母親では脳発達遅延を有する児をもつリスクが高まることを見出した。一方、胎児の脳発達と母体の妊娠第1期の血清TSH値または妊娠後期の遊離T4値との間には関連が認められず、これらの母親ではヨード欠乏の徴候もみられなかった。

一部の女性において妊娠第1期に遊離T4値が平均値を下回る理由については不明である。ただし、どの集団においても正規分布曲線の下端の値を示す女性が一定の割合で存在することは知られている。1つの可能性として遊離T4値の低下は妊娠初期の胎盤機能が良好でないことを示す徴候であり、これによりヒト絨毛性ゴナドトロピンによる甲状腺に対する刺激が低下することが考えられる。したがって発達遅延は血清遊離T4値低下による直接的な結果か、もしくは初期の胎盤機能不全による共変量的な影響の表れである可能性がある。一方、遊離T4値低下は測定の過程でもたらされたアーチファクトであり、たまたま脳発達の遅延に相関してしまったといった憶測もある。妊娠女性では自動非分離法によって測定された遊離T4値と、遊離T4を限外濾過法または平衡透析法により分離してから測定する標準的手法によって得られる値とがそれほど相関しないことが報告されている。

Berbelらは登録された妊娠女性の一部に遊離T4値低下(TSH値は正常)が認められることを見出し、それはヨード欠乏に起因すると推測した。しかし、これらの女性が軽度のヨード欠乏が高頻度にみられる地域に居住していたという事実以外に、同仮説を裏づけるエビデンスは示されていない。妊娠中にヨード欠乏の有無を評価することは容易ではない10。一般的に個人のヨード欠乏を評価するための簡便な方法は存在せず、集団でしか評価できない。さらに妊娠中には血清総および遊離甲状腺ホルモン値の双方に変化が生じるが、これはヨード欠乏に起因しない。また、Berbelらにより検討されたこのサブグループは厳密に選択された集団であり、何らかのバイアスが生じている可能性がある。

現在では、妊娠初期に母親の遊離T4値が軽度に低下していた場合はその児が幼少期に神経および行動発達の遅延を示す可能性があることが複数の試験によって示されている。そのような遊離T4値低下をもたらす原因は明らかではなく、何らかの予防法が実施可能かどうかも不明である。Berbelらは、一部の女性において妊娠中の遊離T4値低下はヨード欠乏に起因する可能性があり、そのような女性に対しては可能な限り早期にヨード補充を開始し、胎児の脳発達に及ぼす有害な影響を阻止すべきであるとしている。試験デザイン上の限界のために確固たる結論を導き出すことはできないが、Berbelらが示した結果は十分なヨード供給と妊娠中の甲状腺機能および児の脳発達との関連に関する懸念をさらに増大させるものである。

doi:10.1038/nrendo.2009.155

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