血糖降下強化療法―エビデンスを考察する
Nature Reviews Endocrinology
2010年10月1日
Diabetes Intensive glucose-lowering therapy—weighing up the evidence
新規に2 型糖尿病と診断された患者を対象にインスリンと経口血糖降下薬3 剤による2 つの強化療法を比較したLingvay らの研究から、これらの強化療法はいずれも有効かつ安全であることが確認された。血糖降下強化療法の効果と安全性についてはこれまで疑問がもたれていたが、両治療レジメンに対する関心は今後、高まると考えられる。
2 型糖尿病患者において心血管系合併症を長期間予防するために最も重要なことは、適切な血糖コントロールを達成することであるが、必要とされるコントロールレベルや達成する方法については議論の余地があ る。抗糖尿病薬の経口投与後も血糖コントロールが不十分な患者に対しては主にインスリン療法が推奨されるが、同療法においては体重増加や低血糖発作といった有害作用が医師、患者の双方にとって最も大きな関心事となっており、しばしば治療の開始を遅らせる原因になっている。また、新規に2 型糖尿病と診断された患者に対しては、現在インスリン療法は推奨されておらず、メトホルミン併用または非併用における食事療法と運動療法による治療アルゴリズムが推奨されている1。そこでLingvay ら2 は、新規に2 型糖尿病と診断された患者を対象にインスリンと経口血糖降下薬3 剤による2 つの強化療法について検討した。本研究でインスリン療法は、血糖コントロールの達成、治療コンプライアンス、治療満足度、およびQOL 改善において経口血糖降下薬による3 剤併用療法と同等の安全性と有効性を示した。そのため著者らは、2型糖尿病患者におけるファーストライン療法としてインスリン療法も考慮に入れるべきであることを提案している。
Lingvay らは無作為化オープンラベル試験を実施し、新規に2 型糖尿病と診断された未治療の58 例を対象にインスリン+メトホルミン療法と経口血糖降下薬による3 剤併用療法を比較した。本試験では血糖 コントロールの改善が顕著にみられ、全例に対してインスリン+メトホルミン療法を施行する3 ヵ月間の導入期間中にHbA1c 値が10.8% から5.9% へと低下した。その後、インスリン+メトホルミン療法を継続 する患者とグリベンクラミド+メトホルミン+ピオグリタゾンによる3 剤併用療法に変更する患者に分けた。3 年間の試験期間中を通し、両群とも6% 前後で血糖コントロールが保持された。3 剤併用療法群はイ ンスリン+メトホルミン療法群に比べてHbA1c 値の変化が少なく、また、いずれの群においても血糖コントロールの進行性の悪化は認められなかった。これは、最初に行ったインスリン療法によりグルコース毒性が低減したためとLingvay らは考えている。低血糖の発現率も低く、両群とも同等であった。
Lingvay らの研究は、4 件の重要な心血管予後試験3-6 が発表される前に開始されたものである。Lingvay らの結果は、新規に2 型糖尿病と診断された患者を対象に通常療法(食事制限)と強化療法(スル ホニル尿素、インスリン、もしくはメトホルミン)を比較したUKPDS3(United Kingdom ProspectiveDiabetes Study)の3 年データに、ある程度匹敵していた。UKPDS においても治療開始後、最初の1 年間で良好な血糖コントロールが両群で達成され、維持されることが示された。ところが、最終的には両群で血糖コントロールが悪化した。その原因としては進行性の膵β 細胞不全が考えられ、これは2 型糖尿病の自然経過の一部と認識されている。2 型糖尿病治療においては膵β 細胞機能の保持または改善が求められるが、長期のβ 細胞保護に有用な治療レジメンはまだない。Lingvay らの研究をさらに追跡調査すれば両群におけるβ 細胞機能を評価できる可能性があり、それにより各治療法に応じたβ 細胞機能の保持に関して注目が寄せられるであろう。
厳格な血糖コントロールによる効果については活発に議論されているところであり、心血管系に対する長期効果に関してはUKPDS において示されているものの、短期効果についてはエビデンスが得られていな い。すなわち、UKPDS の追加調査では、試験終了10 年後において心血管疾患発症率および同死亡率に対するベネフィットが観察された。しかし、より期間の短いACCORD7(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)、ADVANCE4(Action in Diabetes and Vascular Disease: Preterax and Diamicron Modified Release Controlled Evaluation)、VADT5 (Veterans Affairs Diabetes Trial)の3 試験では、厳格な血糖コントロールの心血管予後に対するベネフィットはなんら認められなかった。特にACCORD試験は、強化療法群で死亡率が上昇したために途中で中止となっている7。これにより、2 型糖尿病患者に対する強化療法や、低血糖、体重増加、および薬物療法が死亡率に影響を及ぼす可能性についていくらか懸念が生じた。一方、VADT では、罹患期間がより短い糖尿病患者で心血管予後に対するベネフィットが得られやすいことが明らかにされ4、発症早期での強化療法が有用であることが示唆された。
考慮すべき限界点の1 つとして、Lingvay らが分析した患者群が、実診療にて新規に診断される患者の典型ではないことが挙げられる。著者らは、診断時の糖尿病コントロールがきわめて不良(平均HbA1c 値 10.8%)な肥満(平均BMI 36kg/m2)、かつ若年(平均年齢45 歳)の患者を登録している。こういった患者は早い段階で2 型糖尿病の症状が現れる、非常にモチベーションの高いグループの代表といえる。しかし、新規糖尿病患者のほとんどは、最初の数年間は無症候であることが多く、これらの特性は当てはまらない。したがって、Lingvay らの結果を2 型糖尿病患者全体に適用できるかについては疑問が残る。
実診療では、2 型糖尿病患者にインスリン連日投与の開始を納得してもらうことが依然、最大課題の1 つとなっている。Lingvay らの研究では、両群ともコンプライアンスおよび治療の満足度が高く、そのレベルは3 年以上維持されていた。この結果は興味深く重要であるが、その解釈には注意が要される。本研究の特徴として、インスリン治療を積極的に開始した患者のみを登録し、インスリン投与を拒否した患者は除外している。このプロセスは実際の臨床試験における選択バイアスの1 つであり、本研究の被験者らは他の患者に比べてインスリンの長期使用に対する抵抗感が少ない、協力的な患者グループである可能性が高い。過去の研究では、患者の懸念によってインスリン治療の開始がしばしば遅れることが示されている。インスリン投与経路の変更を希望している患者は約80%、可能ならインスリンを回避したいと訴える患者は半数近くにのぼるという報告もある。したがって、実診療における早期インスリン治療のコンプライアンスと満足度は、Lingvay らによって示されたものより低い値になると予想される。
結論として、Lingvay らの比較的短期かつ小規模な研究により、新規に2 型糖尿病と診断された患者においてインスリン療法は経口血糖降下薬による3 剤併用療法と同等の安全性と有効性を示すことが明らか となった。現在、これらの治療レジメンはいずれも2型糖尿病の初期治療としては推奨されておらず、本研究ではインスリン療法において高いコンプライアンスと満足度が示されたものの、強力な血糖降下戦略の推奨には注意が必要である。現在進行中の心血管予後試験の追跡データから、強化療法と血糖コントロールに関して残されている重要な疑問点についての解答がいくつか得られるであろう。どれだけ早期に治療を開始すべきか。どの薬剤を使うべきか。どの患者をターゲットとすべきか。早期の強化療法により膵β 細胞機能は保護されるのか。こういった問題が解明されるまで、新規に2 型糖尿病と診断された患者においてインスリン療法はファーストライン療法としてではなく、それに代わる治療オプションとして選択されるべきであろう。
doi:10.1038/nrendo.2009.226
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