脂肪量と骨形成―いまだパラダイムとして確立しているか
Nature Reviews Endocrinology
2010年2月1日
Bone Adiposity and bone accrual—still an established paradigm?
年齢層を問わず肥満は骨格障害を予防するというパラダイムは、数十年間にわたり実診療に深く根づいている。こうした概念の根本的枠組みを問う新しい研究が、Journal of Bone and Mineral Research 誌に発表された。
脂肪組織は転倒の際に骨格を保護するとともに、骨にかかる外力を増大させる。これらの重力により、特に成長の速い思春期に骨膜下骨形成が増強され、結果的に骨がより強くなると考えられている。痩せ型、もしくは標準体重の成人を対象とした研究から得られたエビデンスはこの考えを支持しているようにもみえるが、肥満成人においては逆の結果が示されている。小児における体重と骨折リスクの関係も複雑で、思春期ではさらに難しい問題となっている。Dimitri らの研究1 から、骨折歴のある肥満小児における体組成の変化について新たな見解が示された。
閉経後女性においては、脂肪組織量の増加がテストステロンからエストラジオールへの芳香族化を局所性に増強し、それにより骨吸収が低下して閉経期の骨量低下が予防されると考えられている。一方、低体重は 骨量低下と強く関連し、骨折リスクを増大させることが男女にかかわらず認められている。実際、この関連性が強力なことから、WHO が開発した骨折リスク評価ツールFRAX®2 は、二次元BMD の有効な代替 指標としてBMI を用いて10 年間の骨折リスクを算出するように作成されている。とはいえ、肥満成人(BMI > 30 kg/m2)における体重と骨折リスクの関係はいまだ明らかではない。Rancho Bernardo の高齢男女コホートから得られたデータから、中心性肥満と耐糖能異常を特徴とするメタボリックシンドロームは標準体重の場合と比べて骨折リスクの上昇、および二次元BMDの低下と関連することが示されている。
BMI の低い(19 ~ 22 kg/m2)中国人男女でも、体重で補正した場合に脂肪量の割合(%)と骨密度との間に負の相関がみられることが報告されている。つまり、脂肪組織が骨格を保護するというエビデンスが 豊富にある一方で、それとは相反するエビデンスを示す研究も多く存在するのである。 小児では肥満が橈骨骨折の主要なリスク因子となることがGoulding ら5 により初めて報告されたのは10 年以上前のことである。当初、この結果は一般に受け入れられなかった。しかし、骨折に関する疫学研 究において肥満小児が大きな割合を占めることが示されると(この現象は、小児集団における肥満の増加傾向の結果ではないと考えられる)、支持が得られるようになった。さらにNagasaki ら6 は、> 12 歳の男子と12 ~ 15 歳の女子では脂肪量とBMD との間に負の相関がみられることを報告した。またGilsanz のグループ7 はvolumetric CT 測定値を用い、肥満の青年期男性では内臓脂肪組織量が骨量と負の関連を示すことを明らかにした。急速に広がりつつある肥満の蔓延は、いまや小児科医にとって大きな懸念となっている。その理由の1 つとして、特に小児における骨折発生率の急激な上昇が挙げられよう。成人を扱っている内分泌医も、肥満小児では骨が十分に形成されない可能性があり、成人期においても骨折リスクが高いまま維持されることに注意する必要がある。
一方Dimitri らは、肥満小児52 例、正常体重児51例を対象に二次元BMD、脂肪量、除脂肪量を調査するとともに、腰椎の大きさから三次元BMD を推定した。その結果、骨折歴のある小児では骨折歴のな い小児に比べて身体サイズにより補正後の全身、腰椎、および橈骨骨量が少ないことが明らかとなった。重要なのは、肥満によりこの差が著しく大きくなったことである。さらに当然のこととして、身体サイズにより補正後の除脂肪量は橈骨および全身の骨量と骨格サイズと相関し、脂肪量は腰椎の三次元BMD を含むすべての部位の骨量と負の関連を示すことが示された。 Dimitri らは、骨折歴のある小児は骨折歴のない小児に比べて骨が細く、この差は肥満小児において実質的に大きくなると結論づけた。
なぜ肥満が小児における骨折リスク増大の一因となるのか。脂肪量は骨形成にどのような影響を及ぼすのか。いくつか考えうるメカニズムが提起されているものの、いまだ解明には至っていない。Dimitri らは、肥満は成長中の骨格の機械的な負荷に対する正常な反応を抑制し、骨皮質のひ薄化による内因性の骨格異常をもたらすと推測している。すなわち、成長中の骨では機械的刺激に対する反応として骨膜の付加成長が起こるが、脂肪組織が筋肉に置換されると骨格の負荷がいくらか軽減し、その結果、骨がより細くなる可能性がある。しかしこの理論では、肥満小児を対象とした研究で報告されている海綿骨量の低下や、メタボリックシンドロームを有する成人における有害な骨格変化が説明されない。
他には、体内の脂肪組織における局所的な違いが全身性の経路を介して骨格に悪影響を及ぼす可能性が考えられる。実際に、脂肪組織は内分泌器官の1 つで、複数のサイトカインと増殖因子を分泌している(図 1)。これらの分子、特に腫瘍壊死因子(TNF)とインターロイキン6(IL-6)は炎症促進性の分子であり、脈管構造や筋肉、脂肪組織に有害な影響を及ぼすことが従来知られている。当然ながら炎症性サイトカインも、部分的にWnt- βカテニンシグナル伝達ネットワークの変化を介して骨形成を阻害する。骨髄間質細胞と脂肪組織を共培養すると、骨芽細胞の分化が著しく抑制されることが明らかにされている。この抑制には、Wnt シグナル伝達を阻害するDickkopf 関連蛋白1 や遊離脂肪酸といった脂肪生成性の分泌性因子が関与していると考えられる9。また、上皮増殖因子様蛋白であるpreadipocyte factor 1(Pref-1)は前駆脂肪細胞から分泌され増殖を引き起こすが、骨芽細胞活性を阻害することも示されている。
重要なのは、こうした分泌性因子を生成する蓄積脂肪の由来が、骨と脂肪組織との相互作用のタイプを決定していると考えられる点である。例えば、メタボリックシンドロームでは内臓脂肪組織がインスリン抵抗性と心血管リスク上昇をもたらす原因となっている。同様にin vitro では、皮下脂肪組織由来の細胞よりも腹腔内脂肪組織由来の細胞のほうが骨芽細胞活性を抑制することが確認されている(C. J. Rosen、未発表)。この結果はGilsanz ら7 によってin vivo でも裏づけられており、若年成人において皮下脂肪組織は骨のサイズや密度と正の関連を示すが、内臓脂肪組織は骨量と負の相関を示すことが明らかにされている。以上の知見、および思春期の急成長期に特有の発達過程から、局所および全身の脂肪生成性分子に対する骨格の反応は生涯のさまざまな時点でまったく異なる可能性があることが示唆される。皮下および内臓脂肪組織の機能の違いについては議論が続いており、重要な問題として残されている。Dimitri らの研究は、この問題を解明するためのさらなる刺激を与えるものである。
doi:10.1038/nrendo.2009.249
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