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2 型糖尿病蔓延の予防戦略

Nature Reviews Endocrinology

2010年3月1日

DIABETES Strategies to prevent the type 2 diabetes mellitus epidemic

Diabetes Prevention Program Outcomes 試験のデータから、現在急速に進行している糖尿病の世界的な蔓延を阻止することが可能であるという重要なエビデンスが示されている。本研究では、ライフスタイルの改善とメトホルミン投与により、2 型糖尿病の発症を少なくとも10 年間は実質的に予防または遅延できることが報告された。

2001 年の糖尿病患者数は全世界で約1 億7000 万人にのぼり、1 型糖尿病、2 型糖尿病ともにその発症率は上昇している。糖尿病患者数は、2030 年には約3億6000 万人に及ぶと予測されている。同予測によれば、2000 年に誕生した子どもの3 人に1 人が生涯に糖尿病を発症すると推計される1,2。このため、21 世紀にはほとんどの国で糖尿病とその合併症の治療に要する財源および医療資源が不足するのではないかという懸念が増大している。今回、Diabetes Prevention Program(DPP)試験の研究者らによって報告された長期追跡試験の結果から、強化ライフスタイル介入またはメトホルミン投与が2 型糖尿病の発症に対して有益かつ長期的な効果をもたらす可能性が示唆され た。

DPP Outcomes 試験(DPPOS) では、最初のDPP 試験4 においてライフスタイル介入群、メトホルミン投与群、またはプラセボ群のいずれかに無作為に割り付けられた患者のうち、2,766 例(ライフスタ イル介入群から順に910 例、924 例、932 例)をさらに中央値で5.7年間、無作為化から計10年間追跡した。DPPOS では、以前の割り付けレジメンには関係なく、全例に対して3 ヵ月ごとにライフスタイル介入セッションを実施した。また、DPP 試験でライフスタイル介入群に割り付けられていた患者に対しては体重自己管理セッションを新たに追加し、同じくメトホルミン投与群に割り付けられていた患者に対しては副作用や糖尿病発症などにより投与禁忌とならない限り、メトホルミン850 mg の1 日2 回投与を継続した。DPP 試験期間中、ライフスタイル介入群ではメトホルミン投与群またはプラセボ群に比べて体重がより多く減少したため4、DPPOS 開始時の平均体重は3群間で異なっていた。しかし、中央値で5.7 年間の追跡期間中にライフスタイル介入群では一部の被験者で体重が元に戻った。一方、メトホルミン投与群およびプラセボ群では当初体重が減少したが、その後、DPPOS 開始時のベースライン値に戻った。結果として、DPP 試験の無作為化から10 年間で全群の平均体重は同等となった。同10 年間における糖尿病発症リ スクは、プラセボ群に比べてライフスタイル介入群で34%、メトホルミン投与群で18% 低下した。そのため研究者らは、ライフスタイル介入またはメトホルミン投与による2 型糖尿病発症の予防または遅延効果 は少なくとも10 年間持続すると結論づけた。

DPPOS では、得られた結果を5 件の主要な世界的研究5-9 と比較しているが(図1)、本試験で導き出された結論はChina Da Qing Diabetes Prevention 試験5 およびFinnish Diabetes Prevention 試験6 の長期追跡データと一致している。これら5 件の研究はいずれも11,000 例以上を対象としたもので5-9、データには一貫性と科学的根拠があり、かつ2007 年に発 表されたメタアナリシス10 によっても裏づけが得られている。2 型糖尿病の高リスク患者に対してライフスタイル介入および/ または薬物療法を施行することにより、長期的な予防効果が得られることは明らかである。この戦略の妥当性については、さまざまなライフスタイル介入プログラムが世界中の異なる集団において検証されている。これらの研究4-10 が公衆衛生に及ぼす影響は大きく、糖尿病の蔓延に対する対策としては糖尿病の発症を予防することがきわめて重要かつ効果的な要素となろう。糖尿病の発症リスクを30~ 40% 低下させるだけで、2030 年までに1 億人以上が本疾患の発症を免れるとされている3。糖尿病の予防戦略を世界的に実施すれば、現在進行しつつある糖尿病の蔓延をかなり阻止できよう。こうした対策は、ほぼすべてのβ 細胞が破壊される自己免疫疾患である1 型糖尿病に対しては適用できないが、糖尿病の大部分(90 ~ 95%)はβ 細胞機能が保持される2 型糖尿病が占めているため、糖尿病の世界的な広がりを遅延、阻止、さらには改善できる可能性がある。

こうした介入策により、多くの人で2 型糖尿病の発症リスクが低減できる可能性があるのに、なぜ直ちに世界中で実行に移されないのであろうか。確かに、強化ライフスタイル介入策の実行には費用や仕事上の 都合、臨床的支援の不足、長期的な体重減量と運動量の維持といったさまざまな障害が伴う。それでもなお、DPPOS を含む長期追跡試験のデータから、ライフスタイルの改善は実現可能であり、その効果は実施期間にかかわらず長期間持続することが示されている。糖尿病とその合併症の予後や治療に要する莫大な費用を考えると、Benjamin Franklin がみごとに表現したように「1 オンスの予防」は本当に「1 ポンドの治療」に値するのである。

腸チフスや結核、インフルエンザ、ポリオといった他の生命にかかわる疾患の予防においては、薬剤およびワクチンの使用による公衆衛生対策がきわめて有効であった。したがって、感染性疾患と同程度の健康被 害をもたらす非伝染性疾患の2 型糖尿病の予防に対しても公衆衛生対策がとられるべきである。現在われわれが直面している問題は、何をすべきかではなく、どのように対策を実行するかということである。 DPPOS を含む予防研究のデータでは、さまざまな集団に適応した、固有のプログラムを用いることにより一貫した効果が得られている。こうした方法により世界的に健康増進を図ることが可能であり、また、その実現に伴う費用は糖尿病治療にかかる費用よりもはるかに低いだろう。

doi:10.1038/nrendo.2010.2

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