カルチノイド腫瘍に対する放射性ソマトスタチンアナログ療法
Nature Reviews Endocrinology
2010年8月1日
Radiotherapy Radioactive somatostatin analog therapy against carcinoids
Bushnell らの最新文献により、神経内分泌腫瘍の専門医が以前より認めてきた治療法、すなわち放射性イットリウム90 で標識したソマトスタチンアナログを用いた放射性内用療法は転移性神経内分泌腫瘍の症状を緩和し、腫瘍量を減少もしくは安定させるとともにQOL を改善させることが立証され再確認された。
Journal of Clinical Oncology 誌2010 年4 月号においてBushnell ら1 は、消化管および肺から転移した神経内分泌腫瘍(カルチノイド腫瘍としても知られる) 患者を対象にイットリウム90-DOTA-tyr3-octreotide( 90Y-edoctreotide) を用いたpeptide-receptor radionuclide therapy(PRRT)を検討した多国間第II 相試験の結果を発表し、90Y-edoctreotide がカルチノイド腫瘍の症状コントロールにおいて有用であることを明らかにした。この知見はすでに小規模試験では認められており2、神経内分泌腫瘍専門医の間ではよく知られていたが、今回の新しい大規模試験によって転移性カルチノイド腫瘍に対する90Y-edoctreotide の有用性がさらに広く認識されるようになるだろう。
神経内分泌腫瘍は腫瘍悪性度の全性状、つまり、ほとんど良性からきわめて悪性までのあらゆる性状を示す。ほとんどのカルチノイド腫瘍は低悪性度であるものの、進行する可能性がある。よく知られているカルチノイド症候群は腫瘤からのセロトニン産生に起因し、紅潮、下痢、気管支痙攣、右心弁膜症等の症状を発現する。さらにカルチノイド腫瘍は局所における腫瘍自体の影響によって、腹痛や腸閉塞、出血といった症状をもたらす。多くの患者は肝転移を起こし、そして肝不全を発現し死亡する。残念ながらカルチノイド腫瘍の治療に対しては、従来の「静観的」アプローチ法がいまだ主流となっている。例えば1990 年代の教科書では、既に肝転移がみられる場合は対症療法のみが推奨されている。
しかしこの10 年間に神経内分泌腫瘍の専門施設の多くが、症状をコントロールするだけでなく生存期間の延長を試みるための「積極的な」治療戦略を応用するようになった3,4。この治療アプローチ法は、いずれもカルチノイド腫瘍を含む神経内分泌腫瘍に対する治療効果が確立されている4 つの要素から成る(表1)。まず、腫瘍をできるだけ多くかつ安全に切除する。次に、肝転移に対しては局在部位に限定した治療を行う。これがいわゆる局所療法であり、化学塞栓療法(腫瘍への血液供給を機械的に遮断し、抗腫瘍薬を腫瘍内に直接投与する手法)と放射性標識小粒子の使用(放射性核種に合成小粒子を結合することで、周囲の組織にダメージを与えることなく標的領域に高い放射線量を届けることが可能)がある。3 つ目がソマトスタチンアナログを用いた全身療法の処方で、最後に合併症の予防と管理を行う。
局所療法やソマトスタチンアナログ療法は別として、すべての施設が直面する問題が切除不能腫瘍を有する患者に対する治療法である。インターフェロンα、 低毒性経口化学療法といった治療選択肢以外にも実験段階の分子標的療法がいくつか実施されているが5-7、最適な方法についてはまだコンセンサスが得られていない。神経内分泌腫瘍はソマトスタチン受容 体が発現する傾向にあり、ソマトスタチンアナログ結合放射性内用療法は適切な全身療法となりうる。つまり、ソマトスタチン受容体にアナログが結合することで放射性核種が細胞内に移行し保持されことによっ て、周囲の健康な組織に影響を及ぼすことなく、腫瘍を直接狙えるのである。今回Bushnell らは、その治療法が転移性カルチノイド腫瘍の症状を緩和し、腫瘍量を減少もしくは安定化させることを示す信頼性の高いエビデンスを発表した。
Bushnell らは、積極的治療の必要性がまだ広く認識されていなかった2001 年7 月にまず90 例(平均年齢59.8 歳)を登録した。本試験の目的は、オクトレオチドに類似したβ線放射性ソマトスタチンアナログの90Y-edoctreotide が転移性カルチノイド腫瘍の症状を緩和するかどうかを評価することにあった。対象には、以下の条件を満たす患者集団である。すなわち、全身ソマトスタチンアナログ療法を行ったにもかかわらず症状が消失せず、かつオクトレオチドスキャン(ソマトスタチン受容体シンチグラフィとしても知られる)により転移が確認されている患者である。転移および原発腫瘍の外科的切除が施行可能であったかどうかは記述されていないが、おそらくほとんどの患者は全切除できる腫瘍でなかった可能性があり、実際85.6% の患者が既に手術を受けていた。肝転移に対して局所領域療法が施行されていたかどうかも明らかにされていないが、多くの患者が化学塞栓療法を受けていた可能性がある。腎不全もしくは健康状態がきわめて不良な患者は除外された。また、典型的な第II 相試験であったため対照群は設定されなかった。これらの対象患者に対して90Y-edoctreotide 120mCi を6 ~ 9 週ごとに計3 回外来にて静脈内投与した。90Yedoctreotide は腎臓で排出されることから、腎保護のためにアミノ酸溶液を同時に注入した。最も高発現した有害作用はアミノ酸溶液注入に関連したもので、 86.7% の患者で悪心、嘔吐、腹痛がみられた。腎不全やリンパ球減少症といった重篤な有害事象の発現率は低く、たとえ起こっても治療の中止によって回復可能であった。9 例(10.0%)が有害事象のために治療を中止し、8 例(8.9%)が試験終了時までに死亡した。2 例の死因(カルチノイド腫瘍の急性増悪、昏睡)に試験薬の関連が疑われた。
90Y-edoctreotide 療法により4.4% の患者で腫瘍量が減少し、70.0% の患者で安定化した。カルチノイド腫瘍特有の症状(下痢、紅潮)および体質的な症状(疲 労感など)はいずれも中程度に改善し、QOL も同様に改善した。
Bushnell らの試験が90Y-edoctreotide の安全性と効果を明らかにした重要な試験であることは間違いない。ただし、カルチノイド腫瘍患者に対して90Y-edoctreotide の使用を計画するにあたってはいくつか留意すべき点がある。第1 に、90Y-edoctreotide 療法は米国では臨床試験でもまだ用いることができず、欧州でもいくつかの施設だけが臨床試験の一環として実施 しているだけである。第2 に、別のβ線放射性ソマトスタチンアナログであるルテチウム-177-octreotate (177Lu-octreotate)はソマトスタチン受容体に対する親和性がより高く、腫瘍による取り込みがより特異的で、γ線(治療後の画像診断と線量測定を可能にする) を同時に放射するなど、理論上90Y-edoctreotide に勝る利点を有する2。神経内分泌腫瘍に対する177Luoctreotate の安全性と効果に関する成績は有望であるが、90Y-edoctreotide との直接比較はまだなされていない8。3 番目のソマトスタチン受容体標的放射性医薬品である高用量のγ線放射性インジウム-111-pentretreotide( 111In-pentetreotide)はオクトレオチドスキャンで使用される薬剤と同じであり、90Y-edoctreotide よりも効果は低いものの米国でもいくつかの施設で入手できる。90Y-edoctreotide と177Lu-octreotate の直接比較はまだしばらく実施されないだろうが、最終的に177Lu-octreotate のほうがより有効であることが判明したとしても、90Y-edoctreotide が早急に承認され入手可能になれば患者にとってより有用であろう。
3 つの主要なソマトスタチン受容体標的放射性医薬品がいずれも優れた安全性と効果を示すとすれば、同剤による治療が推奨されるのはどのような患者であり、またそうした治療はどこで施行しうるのであろう か。原発腫瘍の外科的切除には治癒の望みがあり、転移がなく切除可能な原発腫瘍を有する患者にはPPRT を推奨すべきではない。また、外科的切除により即座に腫瘍量の減少と症状コントロールが得られることを考えれば、転移病変が切除可能な患者も本治療の候補とはならない。ソマトスタチン受容体標的放射性医薬品は入手が困難であり、肝転移の治療において広く利用されている化学塞栓療法に比べて有用とはいえない。残されているのはびまん性肝転移および/ または肝外転移病変を有する患者である。これらの患者に対してはソマトスタチンアナログ療法の適用が考えられるが、他の全身療法、特に低毒性化学療法や分子標的療法がすでに利用可能なうえ、安全性と効果は同等である可能性が示唆されている5-7。よって少なくとも今は、ソマトスタチン受容体標的放射性医薬品は転移が広範な患者に対する最後の頼みの治療法とすべきである。診断医は治療を開始する前にこうした治療法を提供しうる専門施設と連携し、患者の適性を評価する必要がある。放射性医薬品がより広く使用可能になれば、種々の全身療法を直接比較する無作為化比較試験の実施が不可欠となろう。それまでは本稿で紹介した治療アルゴリズムはカルチノイド症候群患者の治療選択において医師の助けになるかもしれない。ただし、患者には実験段階の治療であることを話し、それを評価する臨床試験に登録することを勧めるべきである。
doi:10.1038/nrendo.2010.94
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