脳動脈瘤:クリップかコイルか?もはや問題ではない
Nature Reviews Neurology
2009年8月1日
Cerebral aneurysms To clip or to coil? That is no longer the question
破裂した頭蓋内動脈瘤の治療を行う際、クリッピング術と血管内コイル塞栓術を比較してどちらにメリットがあるのか、現在も議論が続いている。International Subarachnoid Aneurysm Trial の最新の結果は、コイル塞栓術の長期転帰を再確認し、患者個別化治療を支持するものであった。
1990 年代初頭に脳動脈瘤治療に用いる取り外し可能なプラチナ製コイルが最初に開発されて以来、もう一つの治療選択肢である顕微鏡下クリッピング術に対して、このコイル塞栓術にどのような患者が最も適 しているかを特定しようという試みが行われてきた。International Subarachnoid Aneurysm Trial(ISAT)の一部として行われた長期追跡研究の結果は、一人ひとりの患者に適した治療法を選択する際にどのような要因を考慮すべきかを明らかにする助けとなるだろう。
ISAT は1994 ~ 2002 年に2,143 例の患者を登録した試験であり、クリッピング術とコイル塞栓術を比較するために、これまででもっとも意欲的に行われた試験である。くも膜下出血を生じた破裂脳動脈瘤患者を、脳血管外科医および血管内治療専門医がどちらの治療法でも治療可能であると認めた場合に、クリッピング術群またはコイル塞栓術群に無作為に割り付けた。本試験で選択された、前方循環病変が小さく臨床状態が良好な傾向にあるこのサブグループにおける早期の結果では、コイル塞栓術のほうにメリットがあることが示唆された。術後1 年において介護が必要か死亡した患者の割合は、コイル塞栓術群ではわずか 24%であったのに対し、クリッピング術群では31%であった(P = 0.0001)。てんかんのリスクも血管内治療群に割り付けられた患者のほうが低かったが、高齢(> 65 歳)の中大脳動脈瘤患者においてはクリッピング術による治療によく反応しているように思われ、また再出血のリスクもクリッピング術群のほうが低かった。さらに治療された動脈瘤の再治療が必要になった割合は、コイル塞栓術群17%に対してク リッピング術群ではわずか4%であった。再治療は、若い患者、動脈瘤が大きい患者、後交通動脈瘤を有した患者、初回閉塞が不完全であった患者において、特に多く行われた。さらに血管内治療群において、試験期間を超えても再治療が必要な症例があった。事後解析において、予後不良リスクは50 歳以下の患者ではコイル塞栓術のほうがクリッピング術よりも3%低く、50 歳を超えた患者では10%低かったことも示さ れた。これらのデータを合わせると、以下のように考えられた。すなわち長期の追跡期間において、特に若い患者ではコイル塞栓術の利益が維持されない可能性があり、この試験結果によって確立されたのは、コ イル塞栓術はすべての患者に対する標準療法ではなく、一部の患者において合理的な選択肢であるということのみであった。
この状況に対してISAT の研究者らは、平均9 年(範囲6 ~ 14 年)の追跡による長期の結果を提示している。注目すべきは、当初登録された患者のうち追跡不能となったのは3%未満であったことである。 コイル塞栓術群のほうがやはり、クリッピング術群よりも死亡率が低く(11% vs 14%、log rank 検定P =0.03)、生存者のうちで機能的に自立している割合は両群間でほぼ同等であった(83% vs 82%)。Kaplan–Meier 解析からは累積死亡率に関して、少なくとも追跡期間8 年までは、クリッピング術群はおそらくコイル塞栓術群と同等ではなく、死亡率の統計学的な改善とは関連しないであろうことが示唆されている。しかし現在までに11 年以上追跡した患者は5%未満であり、これらのデータは適切な文脈で捉えられなければならない。クリッピング術に十分な利点が仮に存在するとして、それを観察するためにこれほどの長い追跡期間が必要な理由は、コイル塞栓術を行った動脈瘤の遅発性再出血の割合は、クリッピング術より5倍高いといえどもかなり低い(約1%/年)からである。またこの試験では、治療した動脈瘤からの再出血に加えて、認識されていたが治療しなかった他の動脈瘤も、また年月が経過して新たに生じた動脈瘤も同様に、相当な割合で再出血していることが示された。実際にすべての遅発性再出血の25%が新たな動脈瘤によるものであり、17%が認識されていたが未破裂であった動脈瘤によるものであった。クリッピング術群ではこれらの割合はさらに高くなり、新たな動脈瘤および認識されていた未破裂動脈瘤によるものを合わせて57% であった。さらに問題を複雑にしているのは、致死的な遅発性再出血のうち、試験において治療を行った動脈瘤によるものがわずか14%であったことである。
これらのデータを合わせると、コイル塞栓術の利益がクリッピング術に優る状況は5 年以上持続するが、治療10 年後までにはその優位性が失われる可能性が高いことが示唆される。この結果から、研究者らによ る試験開始時の破裂動脈瘤のこのサブグループに関する臨床的均衡化が適切であっただけでなく、動脈瘤の種類それぞれについてのさらなるデータが得られない限りは、頭蓋内動脈瘤の治療はクリッピング術とコイル塞栓術両方が実施可能な施設で行うのが理想的である、という彼らの結論が適切であることが示されている。また著者らは、最良の治療方法を選択する際に考慮すべき数多くの要因についても言及している。この要因には、必要な機材が利用可能か、関連する脳外科技術や血管内治療技術があるかなどの医療環境や、動脈瘤の解剖学的形態や位置、特定の症例における血管内治療法または外科治療法を適応する際の相対的な困難度、そして患者の年齢や臨床的状態などが含まれる。またこの試験の結果から、破裂動脈瘤を有するすべての患者に、広範な非侵襲性の放射線学的な経過観察を行うこと、また禁煙指導や血圧管理についての指導を行うことも強く主張されている。心血管疾患や腫瘍発生を重視したサーベイランスも必要である。頭蓋内動脈瘤を有する患者は一般の集団よりも平均余命が顕著に短い可能性が高く、それは癌、虚血性脳卒中、心肺疾患の罹患率が標準よりも高いことによるところが大きいためである。
Molyneux らは試験の結果から、多くの疑問に答えるためには、その独自のコホートをさらに追跡調査する必要があるとの考えを強めている。第一に、Kaplan–Meier 生存曲線でクリッピング術のほうが実 際に優位になる時点があるのだとすれば、それはどこなのか。第二に、動脈瘤治療を受け、くも膜下出血を生き延びた患者の平均余命はどうであるのか。第三に、新規の動脈瘤および認識され未治療の動脈瘤からの出血についての長期リスクとは何なのか。最後に、特にコイル塞栓術群において、治療の対象となった動脈瘤の再治療率と再出血率は、時間と共に低下するのか、一定なのか、それとも上昇するのか。ISAT の研究者らは、問題はもはや「クリップか、コイルか?」ではなく、「誰にクリッピングし、誰にコイルを使うのか」であるということをわれわれに示してきた。今後の研究で取り上げられるべき問題点は、どの患者で、どのくらいの頻度で治療後の観察を、どのような方法で行うのか、並存疾患を積極的に治療することにより長期的な転帰が改善されるのか、などである。
doi:10.1038/nrneurol.2009.106
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