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認知症: うつ病は軽度認知機能障害におけるドネペジルの反応を予測するか

Nature Reviews Neurology

2009年11月1日

Dementia Does depression predict donepezil response in MCI?

大規模多施設共同試験のデータから、抑うつ症状を有する人において、ドネペジルは軽度認知機能障害がアルツハイマー病へと進行する速度を遅らせることができるが、顕著な抑うつ症状がない人ではこの効果がないことが示されている。この結果は、神経内科および精神科における臨床診療にとってどのような意義をもつだろうか?

2005 年に、Alzheimer’s Disease Cooperative study Group(ADCSG)は、健忘性軽度認知障害(mild cognitive impairment: MCI)を有する人を対象としたドネペジルの多施設共同無作為化比較対照試験の結果を発表した。試験の最初の12 カ月間、ドネペジルはビタミンE やプラセボと比較して、MCI からアルツハイマー病(AD)の可能性例またはほぼ確実例に進行する率を顕著に低下させた。しかしながら本剤の有効性は、3 年間の試験の終了時には認められなくなった。MCI からAD への進行を予測する強力な因子であることが著者らによって明らかにされたアポリポ蛋白質E(APOE)ε4 対立遺伝子を1 つ以上持つ参加者では、ドネペジル投与の明らかな利益が3 年間の試験期間中継続して認められた。Lu らは、ADCSG を代表して、今回この試験データの2 次解析を行い、ベースラインの抑うつ症状がドネペジル療法の転帰に及ぼす影響を検討した。

これまでの研究はいずれも、ドネペジルや他のコリンエステラーゼ系薬剤がMCI に対して有効な治療であることを示すことができなかった。ドネペジルに関するCochrane レビューでは、基準を満たす2 件の研 究(最初のADCSG 試験1 ともう1 件)が特定されたが、本剤の利益は「わずかで、効果を示す期間が短く、重大な副作用と関連がある」と結論づけられた。さらに、すべてのコリンエステラーゼ阻害薬のMCI に 対する有効性を8 件の研究で検討したRaschetti らによる系統的レビューでは、これらの薬剤の使用は「ADや認知症の発症を遅らせることと関連がなかった」 。したがって、AD を発症するリスクが高く、コリンエステラーゼ阻害薬によって疾患の進行を遅らせたり予防したりするような患者集団を特定することができれば、これらの薬剤を用いたMCI 治療にとって大きな進歩であると考えられる。

健忘性MCI を有する756 人を対象としたADCSG試験1 の既発表データを用いてLu らは、ドネペジル投与を受けた参加者におけるMCI からAD への進行率を、ベースライン時に抑うつ症状を有した人と有さな い人で比較した2。この結果、試験開始時に抑うつ症状を呈していた参加者にのみドネペジル投与による利益が認められた。1.7 年後に、ドネペジルの投与を受けた抑うつ症状を有する患者集団で、AD に進行した患者はわずか11%(74 例中8 例)であったのに対し、プラセボまたは実薬対照のビタミンE の投与を受けた人ではかなり多かった(25%、134 例中34 例、P=0.023)。しかしながら、1 年後の疾患進行率には統計学的に有意な群間差は認められなかった(18%対32%)。著者らは、抑うつ症状がドネペジルへの反応性を示す表現型マーカーの役割である可能性があり、その予測能は最初のADCSG の論文で報告されたAPOE の状態と同等であると結論づけた1。さらにLu らは、ドネペジルは抑うつ症状自体の改善と関連がなかったことを明らかにした。

いくつかの研究のエビデンスから、抑うつ症状が認知機能障害の進行速度に影響を及ぼす可能性が示唆されているが、これはおそらく、うつ病と認知機能障害とに共通の血管性病因を反映していると考えられる。 ベースライン時の認知機能が高かった65 歳以上の成人2,200 例を対象とした試験で、Barnes らはベースライン時の抑うつ症状が6 年後にMCI を発現するリスクの顕著な上昇と関連すること、しかしこの関係は血管障害から独立しているようであることを明らかにした。しかしながら、約3,000 人近くを3.5 年間追跡調査したPanza らの研究では、抑うつ症状とMCI発症との間に関連を確認することはできなかった。 Ravaglia らが行った地域住民を対象とした前向き試験7 では65 歳以上の成人596 人を対象としたが、ベースライン時の抑うつ症状はベースライン時のMCIと関連があるだけでなく、4 年間の追跡調査期間におけるMCI 発症も予測した。この関連がみられたのは抗うつ薬を投与された対象者に限られており、健忘性MCI と比較して記憶障害を伴わないMCI の方で関連が強かった。Ravaglia らは、どの抑うつ症状が認知機能低下に対する強力な予測因子であるかを明らかにするには、さらなる研究が必要であることを示唆している。このような配慮は、Lu らの研究から得られた結果を解釈する上で特に重要かもしれない。つまり、Lu らの研究では大うつ病の症状を有する患者を特に研究から除外しており、介護者の報告に基づいて抑うつ症状を評価していたからである。実際Lu ら2 は、自分たちが特定した抑うつ症状は「抑うつ気分ではなくむしろ無感情(アパシー)」であった可能性があると述べている。しかし著者らはまた、1 件の研究8 の結果では、MCI におけるベースライン時の無感情がAD への高い進行率と関連することが示されたと指摘している。

AD に対するコリンエステラーゼ阻害薬投与がわずかではあるが総合的に利益をもたらすことは十分に確立されており、この治療法により臨床的に有益な反応を示すAD 患者を予測することに大きな関心が寄せ られている。私の知る限りでは、AD が確定している患者において、抑うつ症状がコリンエステラーゼ阻害薬投与に対する反応を予測することを示した研究はない。Holmes らによるドネペジルの非盲検試験等のいくつかの研究の結果から、抑うつ症状自体がコリンエステラーゼ阻害薬投与によって軽減される可能性が示唆されている。しかしながら、Lu らが指摘しているように、これらの結果は一貫して再現されてはいない。

Lu らの研究の弱点は、抑うつ症状を評価するのに事前に規定した十分に頑健な方法を使用しなかった点である。実際、健忘性MCI からAD の可能性例またはほぼ確実例への進行を遅らせることは、臨床的に意義のある転帰なのであろうか?認知症の定義および治療の利益の評価に関する国際老年精神医学会(International Psychogeriatric Association:IPA)の合意声明では、試験を実施する前に臨床的に意義のある転帰の評価法および効果量について事前に規定しておくことの重要性を強調している。特に、IPA は、感情、無感情、精神病等の特定の症候群について、より良い評価法を今後開発することで、これらの症候群に対する治療効果の評価を容易にすることを提言している。合意声明ではさらに、介護者の貢献や、患者の認知症が介護者に及ぼす影響を考慮に入れた、健康における有益性を評価する適切 な評価法を盛り込むことの重要性が強調されている。

結論として、抑うつ症状を呈するMCI 患者が、MCIの他の患者集団よりドネペジルに良好な反応を示す可能性がある、という考えはさらに検討を行う必要がある。そのような研究では、抑うつ症状の記述(特に無感情との鑑別)、抑うつ症状とQOL との関係、医療の利用と介護者の負担、抑うつ症状とバイオマーカー(とりわけAPOE の状態)との相互作用の可能性について考慮しなければならない。一方、個々のMCI 患者について抑うつ症状の有無を評価することは、医師と患者、患者の家族と介護者の間で、コリンエステラーゼ阻害薬が有益かどうかを話し合ううえで有用な要素の1 つであるかもしれない。しかしながら、このような話し合いにおいて、抑うつ症状(自殺のリスクも含む)に関する十分な評価を取り止めるべきではない。というのは、抑うつ症状自体が、特定の薬理学的または心理学的治療を受けるに値するものであるかもしれないからである。

doi:10.1038/nrneurol.2009.164

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