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疼痛:痛みを伴わない痒み―掻痒感覚に対するlabeled line か

Nature Reviews Neurology

2009年12月1日

PAIN Itch without pain—a labeled line for itch sensation?

掻痒感覚情報の脳への中継に関与していると考えられるニューロンが脊髄第I 層で同定された。これらのニューロンは、長い間探索されてきた痒みに対する神経経路の一部なのだろうか。この疑問に答えることは、抗掻痒薬の開発にとって重要であると考えられる。

慢性掻痒は消耗性疾患であり、現在この症状を軽減するために利用できる有効な治療法はない。慢性的な掻痒感覚が数多くの疾患や一部の治療によっても引き起こされることはよく知られている。しかし、掻痒の 神経生物学に関しては、特に侵害感覚や固有感覚といった種類の感覚モダリティに比べると、知られていることは相対的に少ない。掻痒感覚伝達の根底にあるメカニズムの不確実さのため、加えて過去の研究により、痒みと疼痛は多くの類似性を共有していることが示唆されているという事実から、これら二つの異なった感覚は共通の神経経路を共有すると考えられていた。しかし、このほどScience に発表された研究には、痒みの情報は、同定された侵害受容伝達経路とは異なった神経経路によって脳に伝達される、というエビデンスが提供されている。この情報は、新たな抗掻痒療法の開発にとって有用と考えられる。

この研究において、Sun らはマウス脊髄の第I 層に局在する一群の二次ニューロンの選択的除去の影響について報告している。これらのニューロンは、掻痒特異的バイオマーカーとして同定されたガストリン放出ペプチド受容体(gastrin-releasing peptide receptor:GRPR)を発現している1。GRPR+ニューロンの除去はボンベシン‐サポリン(ボンベシンに結合した毒素から成る複合体でGRPR 発現ニューロンを特異的に死滅させる)の髄腔内投与により行った。この処置により、痒み関連引っかき行動は用量依存的に大きく軽減した。これらのマウスにおいて、ヒスタミン依存性起痒物質(ヒスタミン、5-ヒドロキシトリプタミンおよびcompound 48/80)および部分的ヒスタミン依存性起痒物質(エンドセリン-1 およびクロロキン―ヒトに掻痒を引き起こしうる抗マラリア薬)を含むさまざまな物質の起痒作用2 は改善された。GRPR+ニューロンが慢性掻痒感覚に対する本質的な神経基質であるかどうかを解明するため、マウスとヒトの両方に慢性掻痒感覚を誘発することが可能な免疫治療薬ジフェニルシクロプロペノンをマウスに投与した。この処置後、ボンベシン‐サポリン投与マウスの引っかき行動は著しく減少した。これらの所見は、類似の―おそらく同一と思われる―ニューロンがヒトにおける掻痒感覚伝達に関与している可能性を提起している。

さらに、注意深くコントロールされた試験において、著者らは、ボンベシン‐サポリン投与マウスに生じた障害は掻痒反応に限定されることを明らかにした。GRPR+ニューロンが除去されたマウスは運動障害を なんら示さず、また重要なことに、包括的な一連の疼痛試験において、痛覚感受性も影響を受けないことが示された。したがって、GRPR 発現ニューロンの除去は、さまざまな種類の起痒物質によって誘導され る掻痒感覚を選択的に遮断すると考えられる。GRPRの遺伝子操作により、ボンベシンが受容体に結合しないようにするがニューロンは無傷に保ったままにした場合、さまざまな起痒物質により惹起される掻痒行 動をごくわずかに低減した。これらの結果は、GRPR発現ニューロンは痒みの伝達に重要な役割を果たしているが、GRPR 自身は重要ではないことを示している。したがって、この受容体は単に掻痒感覚伝達に関 与するニューロンを確認するだけかもしれない。

現在われわれは痒みの中枢処理の理解をし始めたばかりであるという事実は、この感覚伝達系の複雑さを浮かび上がらせている。1922 年というかなり昔に、生理学者で感覚の特異性理論の父であるMax von Frey は、痒みを微弱型の疼痛とみなした。しかし、かなり後になって、ヒスタミンは、皮膚の表面層に接触させると確実に痒みを引き起こすが、痛みはもたらさないことが示された。そこで、われわれはヒスタ ミンによって強く刺激され、ヒスタミン関連の痒みに対して「labeled line」の周辺的役割を担うと考えられる、ヒト皮膚における機械刺激非感受性C 線維のサブグループの特徴を明らかにした。

しかし、この「痒みに対するlabeled line」仮説は掻痒感覚のすべての側面を十分には説明していない。たとえば、アトピー性皮膚炎、肝臓病および腎臓病などの臨床的に重要な痒みの多くの形態において、ヒスタミンはそれほど重要な役割は果たしていないようである。

さらに、mucunain(ハッショウマメの小穂をカバーするプロテアーゼ)は強力な掻痒反応を惹起するが、ヒスタミン感受性C 線維を活性化しない。その代わりに、この化合物は皮膚表面層における機械熱刺激感 受性C 線維(ポリモーダル侵害受容器)を刺激する。典型的なalgogen であるカプサイシン―トウガラシの辛味成分―は掻痒感覚を引き起こすが、それがヒト表皮の非常に限局された部位に適用した場合のみであ るという事実は、掻痒感覚のすべての側面を説明するための現在の「痒みに対するlabeled line」仮説の不備をさらに浮かび上がらせている7。Sun らの研究の結果を考慮すると、掻痒刺激を感知できるすべての感覚線維が、掻痒刺激に関する情報を脊髄のGRPR+ニューロンとのつながりを介してCNS に中継するかどうかを明らかにしなければならない。

Sun らによって述べられたニューロンの掻痒選択性はどのように説明することができるのだろうか。上に触れたように、簡単な説明としては、これらはヒスタミン反応性およびヒスタミン非反応性の両方の一次求 心性ニューロンからのシナプス結合を受けているということになろう。現在のところ、ヒスタミン反応性求心性ニューロンが、クロロキン、ジフェニルシクロプロペノンおよびプロテアーゼ活性化受容体2 アゴニ ストに起因する掻痒にも関与しているかどうかは不明である。しかし、mucunain は、ヒスタミン反応性経路とは異なった末梢および中枢経路を介して掻痒を誘発することが立証されている。残念なことに、Sun らの研究では、mucunain の起痒性については検討されていない。したがって、脊髄中のGRPR+ニューロンの除去により、この起痒性プロテアーゼによって惹起される掻痒も抑制されるかどうかを明らかにすることは興味深いと考えられる。

要約すれば、脊髄中のGRPR+ニューロンは、なお未知の部分が多い中枢掻痒経路における不可欠な要素であると言える。GRPR+ニューロンは、Sun らの研究に含まれなかったその他の起痒物質の掻痒感覚の惹 起に必須であると立証することは、この仮説を支持するものと考えられる。さらに、慢性掻痒は重大な医学的課題であり、抗ヒスタミン剤を超える新たな抗掻痒薬の開発は緊急優先事項であることから、痒み知覚の中枢処理の理解は単なる学究的追求ではない。この点について、Sun らの研究によって掻痒処理に関して新たに重要な洞察が加えられ、革新的な抗掻痒治療の有望な標的が確認された。しかし、これらの結果を基に推定する場合には、慎重でなければならない。サブスタンスP 受容体陽性ニューロンの除去を含む疼痛領域における実験的アプローチは、動物における熱刺激侵害防御行動を減衰させたが、この所見はまだ臨床試験に成功裏につながったわけではないからである。

doi:10.1038/nrneurol.2009.191

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