運動ニューロン疾患:ALS スペクトラムにおける進行性筋萎縮症
Nature Reviews Neurology
2010年4月1日
MOTOR NEURON DISEASE Progressive muscular atrophy in the ALS spectrum
筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者と進行性筋萎縮症(PMA)患者についての大規模な後向き研究によると、ALS 診断の指標となる上位運動ニューロン徴候がPMA 患者のかなりの割合で認められる。この所見により、PMA はALS スペクトラムの一部として考えるべきであり、全く異なる疾患ではないことが示唆されている。
患者が脱力感を訴えて診察に訪れた際、よく懸念されることは筋萎縮性側索硬化症(ALS)や他の“運動ニューロン疾患” を示す症状があるかどうかである。主に下位運動ニューロンの所見を有する患者では、上 位運動ニューロン障害の徴候がなく断定的なALS 診断とは一致しないために、その所見が何を示しているのか、医師によって意見が食い違うことがよくある。進行性筋萎縮症(PMA)は臨床的特徴として下位運 動ニューロン障害徴候のみが認められるので、このような患者は通常ALS の臨床試験の対象外となる。断定的なALS 診断がないことによってPMA の治療計画の策定と臨床的管理が遅れることもある。これらの 問題に取り組むため、Kim らは大規模な研究を実施して、PMA はALS とは異なる運動ニューロン疾患なのか、それともALS スペクトラムの一部なのかを明確にしようとした。
Kim らは、2000 ~ 2007 年にニューヨークのコロンビア大学において運動ニューロン疾患の診断を受けた患者1,201 例の医療記録を解析した。損傷を受けている神経支配領域の数が(頸部のみなどに)限られている患者、フレイルアーム症候群またはフレイルレッグ症候群、その他球脊髄性筋萎縮症や多巣性運動ニューロパチーなどの疾患の診断を受けている患者は解析除外とした。PMA は初回診療時に下位運動ニューロン所見のみであることを基に診断された。
1,201 例のうち、91 例(7.6 %) がPMA の診断を受けた。ALS は916 例(76.3%)に認められ、うち871 例が解析に含まれた。また原発性側索硬化症(PLS)は84 例(7%)に認められた。PMA 群と ALS 群の間には、発症時の年齢(PMA 群63.4±11.7歳 対 ALS 群59.9 ± 13.2 歳、P = 0.007)、診断時の年齢(PMA群65.2 ± 11.5 歳 対 ALS 群61.3±13.0 歳、P = 0.003)、発症から診断までの期間(PMA 群20.8± 17.7 ヵ月 対 ALS 群17.7 ± 20.9 ヵ月、P < 0.009)に関して有意差が認められた。またPMA 群はALS群に比べて男性の割合が高かった(74.6% 対 54.9%、 P = 0.0006)。興味深いことに、PMA 群の生存期間(48.3 ヵ月)はALS 群(36 ヵ月)より長かったが、80 ヵ月時点におけるPMA 群の全生存率はALS 群と同等で、約14%の患者がこの期間生存していた。
当初PMA と診断された患者91 例のうち、20 例にはその後上位運動ニューロン徴候が認められた。これらの患者は下位運動ニューロンから発症したALS とみなされるだろう。さらに磁気共鳴スペクトロスコ ピーを行ったPMA 患者の半数以上で、上位運動ニューロンの異常が認められた。しかし重要なことに、PMA 患者に上位運動ニューロン徴候が認められるかどうかは、診断後の生存期間と関連していなかった。 この所見より、上位運動ニューロン徴候の見られるPMA は連続した疾患スペクトラムの一部であり、上位運動ニューロン徴候は予後の予測因子とならないことが示されている。PMA において損傷を受けている 解剖学的領域が増えることにより死亡リスクが増加したことから、このような症例ではさらに広範囲で疾患が進行していることが示唆される。
ALS の生存期間の予測因子は、改訂版ALS 機能評価スケール(ALS functional rating scale-revised:ALSFRS-R)スコアや努力性肺活量などであった。努力性肺活量が低下しALSFRS-R スコアが低いALS 患者は生存期間が短かった。これはPMA 患者においても同様であった。したがって、PMA とALS では同じような因子が転帰に影響する可能性があると考えられる。
大規模なサンプルサイズで広範な解析が行われたKim らの試験は、これまでのPMA に関する所見を再確認し拡張する上でかなり重要である。多くのPMA 患者が後になって、現在のEl Escorial 基準で はALS に再分類されるような上位運動ニューロン徴候を呈する、という重要な結果を著者らは強調している。私の見解では、この最も重要な結果が、PMA、ALS、PLS が1 つの運動ニューロン疾患に属している という発想を強く支持している。現在、患者をALSに分類する基準には、身体検査で認められる上位運動ニューロン障害が含まれている。しかしKim らは、下位運動ニューロン障害のみを有すると考えられてい た患者において、剖検、磁気共鳴スペクトロスコピー、経頭蓋磁気刺激などによって上位運動ニューロン死または上位運動ニューロン障害が認められた2–5 という、説得力のあるケースを提示した。このことはすなわち、現在の身体検査法では上位運動ニューロン障害を診断する感度が不足していることを意味している。
Kim らは、現在のALS の臨床試験ではおそらくPMA 患者が不適切に除外されていると正しく主張し ている。PMA 患者は概してALS 患者より長く生存するが、ALS の臨床試験が適切な検出力を有しているならば、PMA が含まれている率が少ないと統計解析における交絡の影響も減少するであろう。
興味深いことに、身体の損傷部位の数をPMA の定義に組み込むこと、また1 ヵ所のみ損傷がみられるPMA 患者、すなわちフレイルアーム・フレイルレッグ症候群、単肢筋萎縮症などは、他の運動ニューロン 疾患と比べて極端に進行が遅いため分けて考えることを著者らは推奨している。こうした区別は実際に臨床試験における適切な患者の組み入れにつながるのかもしれないが、PMA、単肢筋萎縮症、フレイルアーム・フレイルレッグ症候群の区別をさらに細分化して混乱させるだけであろう。おそらくこれらの疾患は、ALSとともに運動ニューロン疾患の1 つのスペクトラムにすべて含まれる。
技術がますます洗練されていく中、身体検査ではわからない、さまざまな運動ニューロン疾患群の間でオーバーラップしている重要な部分が、今後明らかになるのではないかと私は感じている。脳脊髄液や血漿中 のバイオマーカーの開発、さらに進化した画像技術、電気的インピーダンス筋電図や運動単位数測定など電気生理学的測定方法の発明などによって、これらの解明が進むであろう。
Kim らの結果からはいくつかの疑問が生じる。なぜPMA は男性に多く、球型ALS は女性に多いのか。なぜPMA の進行は古典型ALS より遅いのか。PMA、ALS、PLS の原因は異なるのか。どんな要因 によって発症する部位が決まり、どのような分子メカニズムによって上位運動ニューロン徴候が発現するのか。ヒトにおいて診断マーカーを組み合わせて使用すると同時に、さらに精密で多様な“ALS” 動物モデルを開発することで、これらの疑問の多くが解明されるであろう。Kim らの論文は運動ニューロン疾患スペクトラムを精査する重要なきっかけを提示している。
doi:10.1038/nrneurol.2010.29
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