感染症:ステロイドは細菌性髄膜炎患者にベネフィットをもたらすか?
Nature Reviews Neurology
2010年10月6日
Infectious disease Do steroids benefit patients with bacterial meningitis?
細菌性髄膜炎は、世界的に重大な神経学的疾患の罹病や死亡の原因である。抗生物質の補助療法としてのコルチコステロイドの使用については、臨床試験で検討されつつ長年にわたって論議されてきた。今回新たに実施されたメタアナリシスは、この領域においていくつかの全く異なる試験成績を一致させる試みを行った。
細菌性髄膜炎は、米国やその他多くの高所得国ではこの疾病の負担を軽減させる結合ワクチンが有効かつ利用可能であるにもかかわらず、まだ世界的には公衆衛生上の永続的問題として残されているのが現状であ る1。WHO は、世界における細菌性髄膜炎の年間発症数は約698,000 件で、その結果156,000 人が死亡(そのうちのほぼ半数は5 歳未満の小児)していると推定している。経済力が中程度の国々や低い国々では、髄膜炎は障害を引き起こす原因疾患の第4 位である。
細菌性髄膜炎患者に対する抗菌療法の補完療法としてのコルチコステロイドの価値に関しては、30 年以上にわたって議論されてきた。今までに小児および成人を対象として20 以上の臨床試験が実施されており、それらの成績からは、生存および神経学的疾患の点で一貫したベネフィットは示されていない。van de Beek らによって最近実施されたメタアナリシスは、個々の試験の全く異なる成績を一致させる試みを行っており、ステロイドによる補助療法はある特定の患者グループにおいてのみ転帰を改善するかどうかを問うている。
髄膜炎の急性期管理に関するエビデンスに基づくガイドラインはすでに発表されており、また臨床転帰を改善させるための最適な抗生物質や補助的療法の測定、特にコルチコステロイドによる補助療法の適用を定義づける種々の努力に基づいて、改訂が行われてきた。また細菌性髄膜炎に対するデキサメタゾンの補助療法の有効性に関しては、過去30 年以上にわたって、実験的研究や臨床試験において、CNS 内に生来備わっている急性炎症反応の作用を低下させる生物学的妥当性の観点で検討されてきた。
20 の臨床試験について2007 年に発表されたCochrane メタアナリシスは、髄膜炎におけるステロイドのベネフィットは年齢およびその試験が実施された国によって異なっているようである、と結論づけて いる7。小児(年齢> 1 ヵ月)の場合、ステロイドによる補助的療法によって、重度の難聴の割合は全体で11.0%から6.6%に低減したが、そのベネフィットは所得が高い国々においてのみ明らかであった。所得が低い国々では、小児に対するステロイドによる補助的療法は、有益でも有害でもなかった。成人の場合、ステロイドによる補助的療法によって、全般死亡率は21.7%から11.7%に低減した。この系統的レビューにはバイアスが存在している可能性がわかっていた(例えば、選択バイアス、被験者の脱落、転帰の競合リスク、試験プロトコールの不均一性)が、著者らは、細菌性髄膜炎を有する全ての成人患者に対して、ならびに急性期医療を適切に受診できる収入が高い国の小児患者に対してステロイドによる補助的療法を推奨していた。しかしながら、著者らはその時点では、収入が低い国々の細菌性髄膜炎の成人患者を対象として進行中の2 つの試験成績はまだ発表されていないこと、またステロイドによる補助的療法によって、収入が低い国々の小児の特異的なサブグループがベネフィットを得られることができるかどうかという疑問点に関しては未解決のままであることを警告していた。
Cochrane レビューの著者らが予想していた通り、収入が低い国々の細菌性髄膜炎の成人患者を対象として実施された2 つの臨床試験では、矛盾した結果が示された。マラウィで実施された試験では、ステロイ ドによる補助的療法によって、罹病率または死亡率は低減しなかった。ベトナムで実施された青年および成人(年齢> 14 歳)の細菌性髄膜炎患者を対象とした試験では、全ての患者のintention-to-treat 解析の結果、ステロイドによる補助的療法によって、1 ヵ月時点での死亡リスク、6 ヵ月時点での死亡または障害のリスクは低減しなかった。微生物学的に確認された細菌性髄膜炎を有する患者のサブグループ解析(全コホートの69%)においてのみ、ステロイドによる補助的療法のベネフィットが示されたが、そのベネフィットが認められたのはグラム陽性の起炎菌を有する患者に限定されていた。ベトナムにおいて微生物学的に最も高頻度に確認される髄膜炎の起炎菌がStreptococcus suis であったことを考慮すると、この起炎菌はアジア以外の国では稀であることから、前述のサブグループにおけるベネフィットでさえも、それを一般に外挿することについては疑問が残されていた。
これら2 つの試験から得られた矛盾するエビデンスは、ステロイドによる補助的療法の効果は地理的な場所によって異なるという考え方を裏づけるものであった。その新たな知見がvan de Beek らを、最新のメ タアナリシスの実施へと駆り立てた。この解析には、2001 年以降に発表された、細菌性髄膜炎に対するデキサメタゾンによる補助的療法に関する二重盲検無作為化プラセボ対照試験で、個々の試験における患者の生データが利用可能であった5 つの試験が含まれた。この5 つの試験は、前述のマラウィおよびベトナムで成人を対象として実施された2 試験、西部ヨーロッパで成人を対象として実施された1 試験、ならびに南アフリカおよびマラウィで小児を対象として実施された2 試験であった。全体で、計2,029 例の患者のオリジナルデータが解析された。このメタアナリシスの最も重要な結論は、デキサメタゾンは(難聴または神経学的疾患の改善の有無にかかわらず)生存率を改善しなかったというものであった。生存患者で唯一認められたベネフィットは、難聴の減少であった。事前に規定していたサブグループ、すなわち起炎菌、HIV の状態、年齢またはデキサメタゾンの前に行った抗生物質による前治療が同じであった患者についてさらに解析を実施した結果、いずれの主なサブグループにおいても、デキサメタゾンによる補助的療法のベネフィットは認められなかった。
この新たに実施されたメタアナリシスには、5 つの個々の試験の方法論的な厳密さ、個々の被験者データの利用、臨床的に関連した転帰、ならびに事前に特定したサブグループといった、いくつかの強みがあった。この解析の主な限界は、個々の試験間の不均一性(何らかの不均一性を示したものを含む)を検証する既報の検定法が、収集されたデータによって制限されたことであった。すなわち第1 には、マラウィで実施された試験でさえ、全ての患者に対してHIV 検査が行われたわけではなく、また地域の疫学パターンに基づいて患者のHIV の状態が割り振られていた(検査されなかった全てのマラウィ人成人患者はHIV 陽性 であるとみなされたが、小児の場合は、HIV 検査を行わない限りは陽性・陰性の判断はしなかった)ことから、HIV の状態が及ぼす影響を検証するには限界があったという点があげられる。第2 には、感染に 対する臨床反応や有害な転帰に関連した宿主因子である栄養失調が、全ての患者で評価されていたわけではなく、また地域の有病率に基づいて分類されていた点があげられる。第3 には、患者の意識レベル(2 つの異なるスコア化システムを組み合わせて測定する)に基づいて髄膜炎の重症度を層別化しようという試みがなされたが、精神状態を評価するタイミングに関して標準化がなされなかった点があげられる。髄膜炎は進行が早い疾患であり、そのため、もし結果が一般化できるようなものである場合には、意識の臨床評価を行う正確なベースライン時点(例えば、最初のトリアージの段階で、抗生物質の投与時、あるいはステロイドまたはプラセボの投与時)を規定しておくことが重要である。第4 には、細菌性髄膜炎は通常、神経系だけでなく全身性の感染症であり、血圧や血中乳酸濃度といった他の鍵となる臨床データが、このメタアナリシスでは他の方法で検出されなかった重要な不均一性を示した可能性があるという点があげられる。
細菌性髄膜炎の患者に補助的療法としてステロイドを投与するかどうかを決定する必要がある臨床医にとって、今回のこの知見が暗示しているものは一体何なのか?われわれは、医療をより受けやすい収入の高い 国々の細菌性髄膜炎患者の試験において一貫して示されているステロイドのベネフィットから考えると、そのような状況ではステロイドを使用するのが当然であると確信している。また、ステロイドの有害事象は全ての試験において、ほとんど認められていない。疾患やHIV 感染の認識の遅れがステロイドのベネフィットを妨げている収入がより低い国々では、有効な抗生物質が投薬されるような状況を改善するための試みが必要である。しかしながら、30 年以上にわたる努力と議論から明らかにされる一つの最も重要なテーマは、ステロイドによる補助的療法は世界的に、特に細菌性髄膜炎に関連した罹病率や死亡率の割合が異常に高い、医療が十分に行き届いていない地域では、細菌性髄膜炎の公衆衛生上の負担に対して大きなインパクトは与えないのではないかという点である。この点から、研究者、臨床医、製薬会社、公衆衛生当局、財団および政府機関は世界的に、有効な結合ワクチンをより容易に購入でき、より簡単に接種できるよう努力する必要がある。
doi:10.1038/nrneurol.2010.132
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