研究者の利益:試験参加者に何を伝えるべきか
Nature Reviews Rheumatology
2010年2月1日
Ethics Investigators' interests what should trial participants be told?
臨床研究者の金銭的な利益相反によって生じうる弊害を最低限に抑えるには、研究者の「ビジネス」を、試験参加者にどの程度開示すべきか、ある程度規定する必要がある。何を開示すべきでそれはなぜなのか? 開示の重要性はどうすればわかるだろうか。
生物医学研究における利益相反には、高い関心が寄せられている。過去数十年間に生物医学の研究が急速に発展した結果、これらに資金を提供する営利事業が成長し、大学などに所属する臨床研究者と、製薬業界、バイオテクノロジー業界、医療機器業界の研究者の相互依存性が増したためである。医学研究のリスクやさまざまなしがらみから生じる道徳的問題に対し、われわれは、法的・理論的見地から重要と考えられている自主的なインフォームドコンセントと、人権への尊重で対応している。そして、相反が増加している今日、妥当なインフォームドコンセントを達成するために、研究者の利益相反に関するどの情報をどの程度、臨床研究に参加しようとする人たちに伝えるべきかという問 題が生じてくる。Weinfurt、Sugarmanらは、この件に関し議論するための情報を収集し、健全な研究手法を強く主張し、それを実践してきた。New England Journal of Medicine の2009年8月号に発表された論文1で、彼らは自他の意見に基づいて、研究者と所属機関の利益相反を研究参加者に開示するうえでの目的を 明確にした。それは、利益相反の管理における情報開示の役割を定義することである。
米国における医学研究の利益相反に関する主な報告書は、American Association of Medical CollegesとInstitute of Medicine of the National Academiesから出版されている。これらやその他の報告書で取り上げられた議論の中心は、研究者と業界とのつながりに関連した金銭的相反、およびこれらの相反に対する 規制や管理の取り組みである。研究機関の管理者や雑誌編集者に対して、あるいは発表論文の中で、このような相反、特に金銭的利益を開示することの重要性は 十分認識されている。バイアスを生む要因の心理学的研究も議論のひとつとなっているが、利益相反に関する多くのガイドラインは、相反が招く不都合な結果を軽減するための、エビデンスのある有効な方策より、道徳的主張と、相反の程度およびバイアスを招く要因に関する情報に多くを依存している。
Weinfurtら1が提案している、研究に参加しようとする人たちへの金銭的利益開示の目的とは以下の通りである。情報に基づく意思決定を促進すること、研究参 加者の知る権利を尊重すること、参加者からの信頼を得るまたは維持すること、法的責任のリスクを最低限に抑えること、厄介な金銭的関係をなくすこと、研究 参加者の福利(welfare)を守ること。
これらの目的に基づき、入手できる情報を利用して、彼らは5つの推奨事項を、研究者、所属機関の治験審査委員会(すなわちヒトを対象とした研究に関する 倫理委員会)、利益相反委員会(confl ict of interest committees)、政策立案者に対して提案している。彼らの議論は思慮深く、道理にかなっている。著 者らは、われわれの現在の知識の限界、さらなる研究の必要性にためらうことなく焦点を当てている。
この推奨事項は、比較的控えめで筋が通っているが、依然として論争をかもす可能性がある。Weinfurtらは賞賛に値する研究と解析を行っているが、以下に概略 を示すように、まだ答えの出ていない重大な問題、すなわち今後考える価値があるのは何なのか、何を将来の研究テーマの候補とすべきなのか、が残っている。
直接的な金銭的利益相反の開示だけで十分だろうか。それとも他の利益相反も開示すべきか。直接的な金銭的関係以外の二次的利益が、研究者の行動にバイアスを与える可能性があることは十分認識されている。いくつもの利益相反が臨床研究には内在している。これらには、金銭的利害以外のものも含まれる。例えば、注目すべき知見を得て権威あるジャーナルに発表したいという欲望、大学での昇格、自らの知的偏向の擁護、そして臨床研究に不可欠な金銭的利益(研究者の給料・時間・スタッフの支援、および助成金獲 得競争)などである。研究に参加しようとする患者が、金銭的利益相反と同じく内在的利益相反についても懸念している可能性を示す、明らかな報告がある。
しかし、徹底的な開示であっても、利益相反の対処には不十分であろう。では他にどのような戦略が必要だろうか。開示によって達成できることには限界がある。 また、バイアスの出現を適切に予防・特定・除外できないこともある。情報を受け取る側は、開示を行った研究で得られた知見1をどのように解釈したらよいかわ からないかもしれない。研究被験者が利用する情報を選択する幅は限られているかもしれない。また、開示の効果が意図したものと異なるかもしれない(ある場 合は信頼を失い、またある場合は信頼が高まる)。これらの限界を考えてみると、開示によってもたらされる研究者とその家族のプライバシーの侵害に見合うだ けの利益相反問題の軽減を達成するためには、開示がどの程度効果的である必要があるのだろうか。
インフォームドコンセントの質が評価の対象となる場合は、インフォームドコンセント自体の検討も考慮すべきである。一部の癌患者は、他の疾患の患者よりもすすんで臨床研究に参加する傾向があるという事実9から、重度疾患の患者は、不安と、医療提供者・施設への依存が相まって、参加に同意しやすい、と考えられている。このような依存が研究への参加の意思決定に影響を与えるのであれば、研究の内容によって、どのグループが特に影響を受けやすいか、例えば「小児」や「囚人」といったように、配慮を受けるのはどのグループかを、細かく規定しなくてはならない。重病の患者は、研究参加によって自分の療養に何らかの犠牲を払わなくてはいけないことを認識できなくなる「治療 上の誤解」によってすすんで臨床研究に参加するかもしれない。治療上の誤解は多少なりとも現実的なものであり、臨床試験におけるインフォームドコンセントの障 害である10。研究者の利益相反(特に研究者の目的をはっきりと映し出すような内在的な相反)の開示は、治療上の誤解を強めるだろうか、弱めるだろうか。参加 しようとする人は、同意文書について話し合う前にも、臨床研究に関する一般的な教育を必要としているだろうか。グループあるいは個人を対象としたこのような教 育は、内在的および直接的利益相反、施設規模の保護、そして患者としてではなく研究の被験者になることが何を意味するかについて、試験参加者の理解をある程度 は深めるであろう。
インフォームドコンセントが成功したかどうか、または情報に基づく意思決定を促進するための開示方針がどのくらい効果があるのか、何を尺度に評価したらよ いだろうか。また、治験審査委員会やその他の関係機関は、研究者の利益(業界との関係など)の許容性をどのような尺度で評価すべきだろうか。研究参加者へ の開示に関するWeinfurtらの推奨事項は、提案した目的をどの程度達成できるだろうか。実のところ、まだわれわれはこれらの疑問に対する答えを知らない。 Weinfurtらが検討した情報1は、彼らの推奨事項を支持しているものの、彼らの報告で挙げられたものを含む多くの問題点を解決する研究の継続無しには、今の ままでこれらのガイドラインを全般的採用できるほど十分ではない。Institute of Medicine of the National Academiesは、より多くの研究が必要であるという見 解を支持している。
金銭的利益の開示についての有効性の検証には、他の利益相反に関する取り組みと同様、研究参加者にとって意味のある評価項目が必要であろう。このことは、研究事業の誠実さとその過程の信頼性を維持するという大きな目的の支えとなる。利益相反の改善策を明らかにすることは困難であるが、われわれは、これらの改善策を支持するエビデンスに、患者の治療ガイドラインに期待するものと同等な、厳格な標準を適用することを目指すべきである。
doi:10.1038/nrrheum.2009.264
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