再現性:渦中の生物学者が幹細胞作製法に対する疑義に反論
原文:Nature 508, 299(号)|doi:10.1038/508299a|Biologist defiant over stem-cell method
物議をかもしているSTAP論文の実験プロトコールの検証が始まった。日本人筆頭著者の小保方晴子は、研究不正を否定し、発表した結果は正しかったと主張している。
NPGよりお知らせ
Nature 2014年1月30日号641〜647ページ、および676〜680ページに掲載された小保方晴子氏ら(理化学研究所ほか)による論文2報について、論文中にいくつかの致命的な誤りがあることを理由に論文撤回の要請があり、弊社はそれを受理いたしました。
撤回理由は、Nature 2014年7月3日号112ページ、および下記URLをご覧ください(ウェブページが最新情報になります)。Natureダイジェスト 2014年3月号2〜3ページでも、これらの論文に基づいた記事を掲載しておりました。
STAP関連論文、撤回理由書
画期的な幹細胞作製法についての2編の論文に関して激しい議論が続いている。その筆頭著者である理化学研究所 発生・再生科学総合センター(CDB;神戸)小保方晴子(おぼかた・はるこ)研究員は、理研の調査委員会から研究不正があったと判定された後、記者会見を行って、涙を浮かべながら謝罪した。会見で彼女は、論文の誤りに対する質問の回答に四苦八苦した。Nature に掲載された2編の論文では、成熟した細胞を酸や圧力などのシンプルなストレスによって胚性幹細胞様状態に変換させる方法について説明している。しかし彼女は、質問への回答は歯切れが悪かったにもかかわらず、論文で報告した内容は正しく、STAP(刺激惹起型多能性獲得)現象は本物だという主張は曲げなかった。
彼女のコメントを聞いた人々は、2編の論文が1月にNature1,2 に発表されて以来続いている激しい論争の結末はいったいどうなるのだろうかと考えた。STAP細胞が作製されたという主張の真偽を明らかにするには、今後数か月で結果が出ると思われる3つの重要な検証の結果を待たねばならない。その中の1つ、論文の共著者である丹羽仁史(にわ・ひとし;CDBに所属)による検証では、小保方のプロトコールに基づいた再現実験が行われる予定だ。幹細胞研究者たちは、丹羽の再現実験の結果によって問題に決着がつくことを望んでいる。
ホワイトヘッド生物医学研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の幹細胞生物学者 Rudolf Jaenisch は、Nature が提示した丹羽のプロトコールを見て「多能性STAP細胞を作製できるか否かという疑問をおそらく解決してくれるであろう厳密なプロトコールに思えます」とコメントしている(なお、Nature のニュース・コメントチームと研究論文の編集チームは、編集体制が独立している)。
小保方が文章の一部を盗用し、画像も重複利用していると指摘されたことをはじめ、2編のSTAP論文には発表直後からさまざまな疑義が浮上していた。さらに、別の複数の研究チームが、論文で示された結果は再現できないと表明した。
そして理研は調査に乗り出し、4月1日に、論文に好ましくない点が複数あるとの調査結果を報告した(「STAP細胞の小保方研究員に「研究不正行為」の判断が下る」参照)。そのうち2つは、不正行為と判断された。小保方が自身の博士論文で使った画像(STAP論文で説明されたものとは別の種類の細胞の画像)を再度利用した件と、電気泳動ゲルの画像を切り貼りして異なる実験の画像を同一の実験のもののように見せた件だ。
それに対し、小保方は反論した。彼女は理研の調査委員会が不正を断定したのと同日の4月1日に声明を発表し、ミスがいかにして起きたかを説明する機会を全く与えられなかったと、理研の調査委員会を非難した。その後4月8日に、彼女は不服を申し立て、判定の撤回と再調査のための新たな委員会の招集を理研に求めた。そして4月9日に行われた記者会見で、彼女は熱を込めて自分の主張の正しさを語り、STAP細胞の作製に200回以上成功したと明言した。彼女は研究不正と判断された事柄に関しては、個人的な過失によるものだとした。「自身の不勉強であり、本当に未熟で、深く反省しています。けれども、弁護士と相談して、これらの疑義を晴らすことができると考えています」と彼女は述べた。
理研は、当初の不正行為との判断を支持するどうかについては、今後50日をめどに結論を出す意向だ。しかし、いずれにせよ委員会は、今回の最終報告は実験結果の真偽に関するものではないと断言した。
不正行為があったかどうかを判断するための重大な証拠は、早ければ今年の夏に得られることになるだろう。STAP論文の共著者である山梨大学の若山照彦は、STAP幹細胞とされる8つの細胞系統を、外部の遺伝子解析機関(詳細は明らかにされていない)にすでに送っていて、STAP幹細胞がストレスによってではなく混入によって生じた可能性があるかどうかを調べさせている。STAPに関する実験では複数の系統のマウスが使用されているため、STAP細胞の系統間には遺伝的な差異があると予想され、そうした遺伝的差異は細胞を採取したマウスに対応するはずだ。だが、もし全ての細胞系統が遺伝学的に同一であれば、論文で報告された結果は、細胞の混入によってもたらされたと示唆されることになる。
STAP現象が事実かどうかに関する証拠は、もっと早く得られる可能性もある。丹羽は、理研によって承認された検証実験を4月1日に開始した。この実験は公表されたプロトコールに従って行われる。丹羽は、小保方が使用したのと同じマウスのリンパ球だけでなく、別の種類のマウス成熟細胞も使い、いくつか追加実験を行ってSTAP細胞への変換を追跡しようとしている。この研究には1年ほどかかるが、中間報告は7月の終わり頃に発表される予定だ。これによって、細胞がSTAP変換の最初の重要な段階を通過したかどうかが示されるだろう。理研は、小保方は再評価チームのメンバーには加わらないものの、技術的詳細に関して彼女に問い合わせる可能性はあると述べている。
一部の研究者は、丹羽の検証実験によって論争に決着がつくだろうと期待を寄せている。「丹羽仁史の評判は、際立っています」と、マックスプランク分子生物医学研究所(ドイツ・ミュンスター)の Hans Schöler は言う。Schöler は、丹羽は小保方も実験に関わらせた方がいいのではと提案している。「小保方のやり方をステップ・バイ・ステップで追跡し、丹羽の目の前で丹羽の試薬を使って溶液を作らせることで、小保方が重要なステップを説明し忘れていないかどうか確かめるべきでしょう」。
コペンハーゲン大学のデンマーク幹細胞センターの Josh Brickman は、もし否定的結果が出れば問題に決着がつくだろうが、「再現が成功すれば、もしくは、もっと困ったことに再現が部分的に成功した場合には」はさらなる疑問が生じるだけだろうと言う。「ストレスによる再プログラム化が部分的に再現可能である、つまり、極めてまれに起こる不安定な現象だという結論が出ても私は驚きません。しかしそうなった場合、元の論文で、正確には何が正しかったのかを決めることはますます難しくなるかもしれません」。
(翻訳:古川奈々子)
参考文献
- Obokata, H. et al. Nature 505, 641–647 (2014).
- Obokata, H. et al. Nature 505, 676–680 (2014).