Event Reports

第16回 素粒子、光で地球をのぞく
- 夢の地球観測技術がもたらす革命 レポート

日時:2015年6月9日(火)
会場:東京プリンスホテル「鳳凰の間」
主催:MUOGRAPHERS 2015

火山のマグマや積乱雲の構造などを観測する革新的な技術が、今誕生しつつある。これまでの限界を超えた精度とスケールで、地球内部の様子や気象変化などを可視化することが可能となりつつあるのだ。自然災害の予知や防災に役立つ可能性を含めて、それらの研究開発は世界中で大きな関心を集めている。素粒子や光を利用した観測技術研究の第一人者たちが、Nature Café に集まった。

当日の様子

地球を可視化する技術は、専門家の間の壁を取り払い、新たな地球研究への道を開く。

「素粒子を使えば、物体が透視できます」と田中宏幸氏は説明を始めた。「素粒子」って何だろう? そんな疑問を抱く人にもわかりやすく、最先端の解析技術が基礎からひもとかれていく。透視に使えるのは、フォトン(光子)、ミュオン、ニュートリノの3つの素粒子だという。これらは高速で直進し、物体を突き抜けることができるのだ。フォトンは光を粒子としてとらえるときの呼び方だが、X線写真で骨を映し出すことが、皆がよく知るフォトンによる透視の例として紹介された。一方、今回の Nature Café で取り上げるミュオンとニュートリノは、さらにずっと大きな物体、地球内部の透視に利用できる。これは、ミュオンは数キロメートルのものを、ニュートリノに至っては、地球サイズでも軽々と突き抜けられるという性質を利用している。

ミュオンとニュートリノは、超新星などから発せられる宇宙線に由来し、地球にたくさん降り注いでいるという。ニュートリノの場合はそれどころか、あらゆるものが発してもいるのだそうだ。私たちは気がつかないが、素粒子は至るところを飛んでいるのだ。

素粒子で何が見えるか

田中氏らは2007年、ミュオンを利用した可視化装置、ミュオグラフィを開発し、火山内部を透視することに世界で初めて成功した。可視化できるのは、山頂付近の浅部マグマに限られるが、「火山の噴火の仕組みを知る上で、重要な知見をもたらす」という。今の技術では、画像1枚の撮影に3日を要するが、マグマが時々刻々と変化する過程をとらえるために、1枚の撮影を30分間程度に短縮すべく、技術開発に取り組んでいると語った。

現時点での性能でも、建造物内部の非破壊的検査には役立つと、中村光廣氏(名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理系教授)は福島第一原子力発電所の原子炉の状態把握に利用した経験を説明した。また、ジョン・グルーヤス氏(英国 ダラム大学地球エネルギーセンター長)は、廃坑になった地下の炭坑に温室効果ガスCO2を封じ込めるプロジェクトを進めているが、CO2のモニターにミュオンを使用する可能性を探っているそうだ。

ミュオンよりも透過力の大きいニュートリノは、地熱やマントルといった地球深部の観測に適している。ノーベル賞を受賞した小柴昌俊博士の研究でよく知られるカミオカンデを改造した検出器、カムランドを用いて、東北大学の研究チームは地熱やマントルの観測に成功(2011年)。地球深部から発せられるニュートリノは、地球生成時の謎を解くカギをにぎる素粒子として期待がかかる。だが、「可視化技術としての実用化までには、まだ時間がかかるだろう」(井上邦雄氏)とのこと。現段階では、検出の難しいニュートリノは月に1回の頻度でしか撮影できないからだ。撮影を高速化する研究の取り組みもあり、新たに、ニュートリノグラフィという装置の開発も進められている。

光で積乱雲の内部を見る

光(電磁波を含む)には波としての性質もある。直進した光が物体に当たって跳ね返ってくるのを受信することで、物体を検出・可視化するのがレーダだ。

牛尾知雄氏の研究チームは、1回の観測(積乱雲の三次元スキャン)に要する時間を大幅に短縮させた気象レーダを開発した(2012年)。送信アンテナを、従来の1本から128本に増やすことで、時間短縮を可能にしたフェーズドアレイレーダである。積乱雲がもたらす豪雨は、積乱雲の発生から降雨、被害発生までが数分という短時間であり、しかもきわめて局所的に起こる。雷や竜巻も同様だ。そこで、その観測や発生予測には、時間的・空間的に高分解能のレーダが期待されていたのだ。このレーダは、刻々と変化していく積乱雲の内部構造を、垂直方向および水平方向を含めて三次元で可視化することができる。現在、東京オリンピックを目指して、豪雨予測技術の実用化段階の開発が行われている。さらに、雷の予測も可能なように、電荷状態の検出機能も研究中とのこと。

自然災害の予測のために

当日の様子

会場からは、噴火や地震の予知予測といった防災に役立たせるために、どのような課題があるかという質問が多く発せられ、その関心の高さをうかがわせた。

火山噴火の予測には、「ミュオグラフィの撮影の高速化が必要で、そのためにはミュオンの検出器の感度を上げなくてはならない」(田中氏)。その方法としては検出器の面積を広げ、素粒子をキャッチする確率を高めることが、まず考えられる。その一方で、野外での取り扱いや操作を考慮すると、装置はある程度軽量コンパクトでなくてはならない。もう1つ非常に重要な問題は、ノイズ(雑音)の減少だ。ミュオンばかりでなく、宇宙線に由来する多数の素粒子が地球に降りそそいでおり、それらがノイズとなってミュオン検出の障害となる。「現在、次世代機として、極低雑音ミュオグラフィアレイの開発を目指している」(田中氏)とのことだ。ミュオグラフィをアレイ化することで検出面積を増やし、さらに、複数の画像を合成するデジタルカメラ(動画)の手ぶれ補正に似た仕組みも取り入れている。

なお、ミュオグラフィは上空から降ってくるミュオンを検出することで可視化するため、検出器より下方は原理的に観測できない。検出器を地下に設置すれば、例えば特定の断層を観測することは可能だが、地震の予知に生かすといったことには、また別の課題があるようだ。ニュートリノを利用する場合にも、装置の設置の問題があり、簡単ではないとの指摘があった。

可視化はなぜ重要か

田中氏の説明によれば、可視化という技術は、科学研究において重きが置かれない傾向にあったという。なぜなら、専門家はデータで内容を理解できるからだという。けれども可視化をしないと、一般市民や他の分野の研究者には理解しにくいことが往々にしてあると主張する。これには井口俊夫氏(情報通信研究機構フェロー)も同意する。画像化は大変労力がかかり、専門家にとって無駄に思える。しかし、人に使ってもらうには、まず、理解してもらうことが重要。井口氏は、人工衛星搭載のレーダで撮影した熱帯雨林の分布画像を巨大な地球儀に投影して見せたことがあるが、そのときの人々の反応を見て、可視化の大切さをつくづく実感したそうだ。

可視化は、社会と科学者をつなぐ重要な役目を果たす

可視化は、境界領域における専門家同士の互いの理解を助けるとグルーヤス氏は話す。「石油業界に28年いたが、地質学者、石油会社などいろいろな分野の人が関連している。あるとき、地下の構造を示す三次元の画像を構築したところ、業界内での情報共有がしやすくなり、工夫も出て、原油掘削量を向上させることができた」と経験を語った。田中氏も、ミュオグラフィの画像によって、それまで別々のフィールドだった素粒子科学者と地球物理学者が互いに協力しやすくなったと補足した。

ピーター・レヴァイ氏(ハンガリー科学アカデミー教授・ウィグナー物理学研究センター長)は、可視化の重要性を認めつつ、労力やコストと可視化の効果を最適化する判断力が必要と注意を促す。また、可視化以前と比べて、情報をより多く、より正確に伝えられるかどうかが、可視化するか否かの判断基準となるだろうと考えを述べた。田中氏は、「観測データと画像の間に、1対1の再現性のある可視化が重要」と付け加えた。

貴重な地球可視化画像が次々に映し出された今回の Nature Café。パネルディスカッションでは、竹内薫氏(サイエンス作家)が、しばしば内容をかみ砕いて発言してくれたこともあり、議論がわかりやすく展開した。参加者は映像に、議論に、飽きることなく、瞬く間に3時間が過ぎた。

最後に牛尾氏が、可視化の新しい技術の開発が、新しい科学のフィールドを切り開き、科学が社会に役立てられる応用の道へと続くと実感していると、Nature Café を締めくくった。

基調講演

火山を透視する

田中 宏幸

東京大学地震研究所教授

田中 宏幸

ミュオンは、電荷を持つ素粒子だ。ミュオンを可視化技術に利用しようとする試みは、1955年のオーストラリアで行われた実験に始まる。1960年代終わりにはミュオグラフィにより、ピラミッド内部の透視が試みられたが、火山の透視の成功は2007年の東京大学の研究を待たなければならなかった。最近10年間でいろいろな実証実験が進んできており、イタリアやフランスの研究グループも加わって、世界の7つの火山が可視化された。2014年にはまた、3日という時間分解能ではあるが薩摩硫黄島の噴火をリアルタイムで観察することに成功している。火山の中で、噴火に伴ってマグマが上昇し、噴火後に下降する過程を可視化したのである。

ミュオグラフィでは、ミュオンの飛来方向と数量を測定する。対象物体のサイズさえわかっていれば、ミュオンの数量(ミュオン強度)は、ミュオンが飛んできた方向に存在するその物体の密度と1対1に対応している。したがって、上空のいろいろな方向から飛来するミュオンを測定することにより、存在する物体の密度分布を、再現性をもって可視化することができる。これが、物体を透視できる理由である。

ミュオンの透過力から、ミュオグラフィと物体の距離は数キロメートル必要となるが、火山や産業プラントなどの透視には適していると言えよう。火山の場合は、本文中でも触れたように、浅部のマグマの観察は可能だが、火山の地下深くにあるマグマだまりの観察はできない。地中の観察例としては、鉱床や断層の探索が挙げられる。


地球内部から来るニュートリノを観測

井上 邦雄

東北大学ニュートリノ科学研究センター長

井上 邦雄

軽くて電気的に中性の素粒子であるニュートリノは、物質との相互作用がほとんどなく、物体を簡単に通り抜けるが、まれに物質の電子などに衝突することがある。ニュートリノが油(液体シンチレータ)中の水素原子と衝突したときに発するかすかな蛍光をとらえることで、ニュートリノの検出を行う装置が、カムランドだ。この装置には1000トンもの油が格納されているが、地球内部が作り出すニュートリノが衝突する頻度は、平均月1回。装置は地下に設置して、ノイズを低減させている。例えば、ミュオンもノイズになるが、地下1000メートルではミュオンは10万分の1に減少する。また、放射線もノイズとなるので、水を用いて遮断し、油は高度に純化する。なお、検出に油や水が使用されるのは、経費的な理由である。

ニュートリノの飛来方向まで検出できる装置として、ニュートリノグラフィが、東北大学と東京大学の研究グループにより開発されつつある。これが完成すれば、地球内部からのニュートリノを検出し、地球内部の様子の可視化が実現する。


積乱雲を可視化するフェーズドアレイレーダ

牛尾 知雄

大阪大学大学院工学系研究科電気電子情報工学専攻准教授

牛尾 知雄

地上に設置したアンテナから電磁波(Xバンドのマイクロ波)を発信し、雨粒で散乱された電磁波を受信することで、雨粒の位置や強度を詳細に知ることが可能だ。ただし、従来のレーダでは、積乱雲を三次元スキャンするためにはアンテナを、仰角を変えて何回も回転させる必要がある。そのため、1回のスキャンに5~10分の時間を要する。それに対し、2012年に大阪大学が東芝、情報通信研究機構と共同開発したフェーズドアレイレーダは、128本ものアンテナを用いることにより、ソフトウェア的に受信ビームを絞る。したがって、アンテナは1回回転させるだけで三次元スキャンでき、スキャンに要する時間も20~30秒に短縮された。その結果、積乱雲内に雨粒が形成されて「豪雨のコア」を生じ、その豪雨のコアが、高度を下げつつ水平に移動し、大量の雨を地面に降り注ぐという過程をダイナミックに可視化することに成功したのだ。現在は自治体と協力して、ゲリラ豪雨情報をスマートフォンなどにメールで配信する仕組みを研究している。

第16回 Nature Café レポート全文 PDFダウンロード

このレポートは、Nature 2015年7月30日号に掲載されています。


パネリスト

田中 宏幸

東京大学教授

井上 邦雄

東北大学教授
ニュートリノ科学研究センター長

牛尾 知雄

大阪大学准教授

中村 光廣 *講演のみ

名古屋大学教授

竹内 薫

サイエンス作家

井口 俊夫

情報通信研究機構フェロー
電磁波計測研究所前所長

ジョン・グルーヤス

ダラム大学教授
ダラム大学地球エネルギーセンター長

ピーター・レヴァイ

ハンガリー科学アカデミー教授
ウィグナー物理学研究センター長

モデレーター

堀内 典明

Nature Photonics アソシエートエディター

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