Event Reports

第21回 Taste science, culture and communication レポート

日時:2017年12月11日(月)
会場:英国ロンドン

Nature ResearchAjinomoto

A Nature Research event in partnership with Ajinomoto Co., Inc.

味覚を正しく理解する

味覚は生物学と心理学の複雑な混合系であり、味覚には期待とコミュニケーションが大きく影響する。「健康な食事」を理解するためには、味覚の科学を理解することが欠かせない。

Taste science, culture and communication

味覚受容体は、脳や消化管、呼吸器系から、精巣や精子まで、体中の至る所に存在する。最も明瞭に認められるのは舌であり、舌では、異なる受容体がさまざまな組み合わせで五基本味(甘味、酸味、苦味、塩味、うま味)を検知している。

Nicholas Ryba
Nicholas Ryba
米国立衛生研究所(NIH)
主任研究者
Kathrin Ohla
Kathrin Ohla
ドイツ人間栄養研究所
グループリーダー

去る2017年12月11日、「Taste science, culture and communication(味覚の科学、文化、コミュニケーション)」と題したNature Caféが英国ロンドンで開催された。味覚と風味の科学、栄養学、サイエンスコミュニケーションの世界の専門家が一同に介し、最近の知見を示して討論を行った。このイベントは、味の素株式会社と共同で開催された。

味覚受容体が反応すると、複雑な経路によって素早く脳へメッセージが送られ、これによって脳は、お腹がすくと食べる、満腹になると食べるのを止める、などの行動を引き起こす。こうした経路をさらに理解するため、米国立衛生研究所(NIH)のNicholas Ryba博士は光遺伝学手法を用いた実験をマウスで行っている。

味覚受容体は、味覚という知覚の重要な要素だが、味覚のために働いているものはこれ以外にもたくさんある。ドイツ人間栄養研究所のKathrin Ohla博士は、「風味の知覚は、五感全てが関係しています」と話す。食品の表示が、期待と風味の知覚に影響する。例えば、実際の塩分量を確かめずに「減塩」と表示された食品に塩を足し、塩分摂取量が増えてしまうこともある。

Flavour perception is about all of the five Senses 風味の知覚は、五感全てが関係しています Kathrin Ohla

風味の嗜好の起源

Julie Mennella
Julie Mennella
モネル化学感覚センター(米国)
構成員
John Krebs
John Krebs
オックスフォード大学(英国)
動物学 名誉教授

出生から数時間の新生児は甘味を好むことが分かっている。甘味への強い嗜好は、味覚が安定する青年期まで続く。このため小児の食品の嗜好は不健康なものになりやすく、いったん嗜好が確立されると変えることが難しい。

「しかし、嗜好の形成は運命ではありません。特に生後2~3年の間は、風味や食品の嗜好は経験によって形成されるため、変えることができます」とモネル化学感覚センターのJulie Mennella博士は語る。

食品に関する事実と虚構とコミュニケーション

肥満である人の数は40年間で約10倍増えており、その原因をめぐってはさまざまな主張がある。しかし、そのリスクがはっきりとした方法で伝えられてはいない、とオックスフォード大学John Krebs教授は言う。例の1つとして、メディアは「ベーコンなどの加工肉を食べると、膵臓がんのリスクが20%上昇する」と報道したことがある。

「安心してください。一生の間に膵臓がんにかかる人は、400人中約5人です。『20%の増加』とは、400人全員が加工肉を毎日50g食べたとして、膵臓がん患者が1人だけ増えるということなのです」とKrebs教授。

うま味とMSG:歴史的観点

「うま味」は、キノコやトマト、燻製肉や熟成肉、チーズに含まれ、人類史上あらゆる食文化とともに存在した。しかし、うま味が基本味の1つとして発見されたのは、1908年のことである。発見者は東京帝国大学の池田菊苗で、アミノ酸のグルタミン酸とアスパラギン酸を多く含む出汁(昆布だし)の成分として見いだされた。池田は、そのうま味成分であるグルタミン酸ナトリウム(MSG)の製造法特許を取得した。これが日本におけるうま味調味料『味の素®』の工業生産の始まりとなった。

当日の様子
林シェフが出汁を作っているところ
林シェフが出汁を作っているところ

ドイツ・ライプチヒで過ごした池田は、ドイツ人学生が皆はるかに長身で栄養状態が良好であることを実感していたと説明するのは、味の素株式会社取締役常務執行役員の木村毅博士だ。これが、池田を日本の栄養状態の改善へと突き動かした。それ以来、味の素株式会社は、日本でさまざまな栄養プログラムを展開し、味覚と風味の利用による小児と成人の食事の改善に取り組んでいる。これらの活動は、現在ではガーナやベトナムに展開している。

一方、うま味調味料としてのMSGは、否定的な報道に直面した。MSGがマウスで肥満を引き起こし、脳では病変を形成したという論文が1960年代に発表されたのだ。しかし、この知見は、血液脳関門が未熟な新生仔マウスにMSGを大量に注射したことによるものだった。この結果を人間に当てはめることには無理があるが、その後も不確かな論文が出され、MSGがあらゆる疾患の原因であるとする書籍が多数出版された。誤りが完全に証明されたにもかかわらずその俗説は今なお流布している。Krebs教授はそれを人間の物語好きのせいだとする。「謀略的な理論はよくできた話を生むのです」。最近の研究では、食品中のMSGとうま味によって良い影響があることが研究から見いだされている。

木村 毅
木村 毅
味の素株式会社
取締役 常務執行役員

「ある研究では、うま味は食欲を高めるだけでなく、タンパク質と組み合わさることで満腹感を増すことが示されていて、MSG摂取量の多い国ではBMIが低い傾向にあることが分かっています」と木村。

味覚:進むべき道

味覚の科学は複雑だ。味覚受容体の生理学から、人が何をどのようになぜ選んで食べるのかについての文化的・環境的・社会学的議論までさまざまであり、こうした複雑さのため、必ずしも明快な知見が得られないこともある。Graysonが司会を務めた多岐にわたる質疑応答のセッションでは、パネリストたちが、だからこそコミュニケーションは正確でなければならず、作り話を打ち負かして全人類の健康な食事を推進するために用いる説明や証拠もまたしかりであると議論した。

第21回 Nature Café レポート全文 PDFダウンロード


パネリスト

Nicholas Ryba

米国立衛生研究所(NIH)(米国)

Kathrin Ohla

ドイツ人間栄養研究所(ドイツ)

Julie Mennella

モネル化学感覚センター(米国)

John Krebs

オックスフォード大学(英国)

木村 毅

味の素株式会社(日本)

林 大介

日本料理アカデミーUK(英国)

モデレーター

Michelle Grayson

Nature Research(英国)

講演映像(英語)

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