人類学:高地に適応していたデニソワ人
Nature 569, 7756
チベット高原の東端、海抜約3200 mの洞窟で出土したヒト族の下顎骨が今回、含まれていた古代タンパク質の分析から、「デニソワ人」として知られる謎めいた古代ヒト族のものと判定された。デニソワ人の存在を示すものとしては、これまでに1個体のゲノム、種の判別につながらない少数の断片的標本、そして東南アジアやオセアニアの一部の現代人のゲノムに残されている遺伝的痕跡が見つかっている。この下顎骨は、シベリアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟以外の地で初めて発見されたデニソワ人化石であり、重要な形態学的特徴を示すものであるとともに、年代は約16万年前と、既知のデニソワ人標本としては最古のものである。今回発見されたのは、2本の大きな大臼歯が残る下顎骨の右半分で、これは、これまで分類ができずヒト族のものであること以外は謎に包まれてきた中国で出土した他の複数の標本とも比較できる可能性がある。発見場所が高地であることもまた、別の謎を解くカギになるかもしれない。現代のチベット人やシェルパ族のDNAにはデニソワ人由来のEPAS1遺伝子が存在しており、これが現在チベット高原に暮らす人々に高地の低酸素環境への適応をもたらしている。しかし、現生人類がチベット高原に定着したのはデニソワ人の年代のはるか後で、高地適応遺伝子であるEPAS1がより低地に暮らす現生人類や、海抜がわずか700 mというデニソワ洞窟のデニソワ人化石に存在することは謎であった。今回発見された標本の場所と年代の古さは、デニソワ人がはるか昔にチベット高原に定着し、ことによるとそこで進化した後で標高のより低い地域に移動したことを示している可能性がある。さすがに「イエティ」説を思い浮かべてしまう人もいるのではなかろうか。
2019年5月16日号の Nature ハイライト
量子物理学:量子シミュレーションの新しい方法
糖尿病:インスリン産生細胞への道筋を解明
惑星科学:月の裏側のマントル鉱物
地球化学:揮発性物質に富むバミューダ諸島の生成源
人類学:高地に適応していたデニソワ人
分子生物学:マイクロRNAによるブタの心臓修復がもたらす悪影響
がん:RBタンパク質は腫瘍発生のさまざまな段階で機能する
腫瘍免疫学:免疫療法の副作用を防止する
生物工学:塩基エディターのトランスクリプトーム規模での編集活性
分子工学:金の針でとじられた奇抜なタンパク質ケージ