第17回 多様なエネルギーを最大限に活用できる未来をめざして
- 蓄電池が切り開く次世代エネルギーと社会システム レポート
日時:2016年4月21日(木)
再生可能エネルギーの利用が求められる現代においては、エネルギーを蓄えるための蓄電システムの役割がきわめて重要となっている。将来のエネルギーとそれを支える技術や社会のあり方をテーマに、エネルギー研究の識者3人と新創刊ジャーナルNature Energy の編集長をパネリストに迎え、Nature Café が開催された。モデレーターは、サイエンス作家の竹内薫氏。
CO2排出量を抑えて気候変動の抑制に本気で取り組むことは、現代社会の重要な課題だ。課題解決に不可欠と考えられるのは、環境への負荷が少ない太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギーの活用である。Nature Energy の Nicky Dean 編集長によると、世界のエネルギー需要は年々増加する一方だが、喜ばしいことに、ここ数年、エネルギー生産量の増加分に占める再生可能エネルギーの割合は化石燃料を上回っているという。
しかし、再生可能エネルギーの十分な活用には、新たな技術やシステムの開発など、解決すべきさまざまな問題を抱えているのも事実だ。今回の Nature Café でも、こうした問題について充実した議論が交わされ、会場参加者とも活発な質疑応答が行われた。
安定した電力供給に不可欠の蓄電池
電力中央研究所副研究参事の池谷知彦氏は、日本政府による電源の大幅な低炭素化をめざす政策について解説した。電力買取制度導入などのフォローもあって、低炭素化は「予想以上に実現しつつ」あるが、買い取りに関しては「技術が追いついていない」と指摘する。発電プラントから需要者側へ電気を送る電力系統の途中に、需要者側からの発電が加わってくるため、送電の周波数や電圧を一定に維持することが難しくなっているのだそうだ。また、従来の電力系統は、供給側から送られる一方向のみの想定のため、逆方向が加わるには送電線の容量が小さ過ぎる場所もあるのだという。この2つの問題を解決して安定した電力供給を維持するために、要所に蓄電池を置くことが現在検討されているとのことだ。
では、次世代の電池はどんなものになるのだろうか。このような会場からの質問には、蓄電池研究の第一人者である京都大学名誉教授小久見善八氏が答えた。リチウムイオン電池は、エネルギー密度が高く、電池の小型化を可能にしたが、従来型での性能向上は、ほぼ限界。一方、エネルギー密度、安全性、寿命、コストを満足させることのできるような新たな電池材料の開発には時間がかかるとして、理解を訴えた。また、そうした研究の例として、会場参加者の菅野了次氏(東京工業大学)とその成果が紹介された。固体中をイオンが動き回るという全固体セラミクス電池の研究を、Nature Energy に発表したばかりだそうだ。
理想的な電池というものは、用途によって異なることを忘れてはならない
小久見氏はまた、理想的な電池というものは、用途によって異なることを忘れてはならないと念を押した。たとえば定置型ならば、小型化よりも、安価で大量に蓄えられ、なおかつ長寿命の電池の開発が望まれる。これには、他のパネリストや会場から大きな賛意が示された。さらに、安価な定置型電池の開発に資金が投下されるようになるには、社会的関心の高まりによる後押しが必要と小久見氏は付け加えた。
地域で電気を融通するマイクログリッド
ソニーコンピュータサイエンス研究所社長・所長の北野宏明氏は、太陽光発電による電力を可搬型リチウムイオン電池に蓄電するシステムを試作して、バングラデシュなどの無電化地域で、照明機器や携帯電話充電用の電源として使ってもらうプロジェクトを進めており、そのビジネス化についても研究中だ。
さらに、コミュニティーに対応した小さな電力網(マイクログリッド)を作り、各家庭で発電した電力をそれぞれの家庭で使いつつ、余剰電力を地域内で融通し合う「オープンエネルギーシステム」を考案して、沖縄で実証中とのこと。無電化地域や電力脆弱地域だけでなく、「このシステムは日本をはじめとする先進地域においても有用だろう」と他のパネリストたちからも期待が寄せられた。需用者側からの余剰電力を、マイクログリッドを介して電力系統に接続すれば、電力系統に対する負の影響が低く抑えられ、ウィン・ウィンの関係が築けるはずだからだ。
人工知能(AI)も専門とする北野氏に対しては、電力系統の制御にAIは有効かという質問が投げかけられた。北野氏は、そこでのAIの役割は補助的なものであり、AIが要の技術となるのは、むしろ自動車の自動走行においてだろうと回答。なお自動車に関しては池谷氏が、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッドカー(PHV)の導入は重要な低炭素化政策の1つであり、2020年までに100万台導入が政府方針であると説明した(現在は約12万台)。さらに北野氏からは、社会全体のエネルギー削減には、EV/PHV、自動走行、カーシェアリングが最適な組み合わせだという意見が出された。
また、2017年に日本でも始まるガスの自由化の影響に関する質問には、池谷氏が端的に答えた。日本ではガス事業法により、ガス管に挿入できるガス濃度が厳密に定められているので、それを調整するのは技術的に非常に難しい。したがって、参入企業は多くはなく、「一般の人が受ける影響もあまりないだろう」と。
再生可能エネルギーは地域性を考慮して
コストと効率の点から、最も優れた再生可能エネルギーとは何なのか、多くの質問が寄せられ、さまざまな角度から論じられた。1つのエネルギー源に頼らず、何があっても大丈夫なように、多様なエネルギーを視野におくのが望ましいが、現時点における日本では太陽光発電がベストと、池谷氏も北野氏も口をそろえる。風力発電は、ヨーロッパなどと異なって日本には風が吹かない季節があって適さない、と池谷氏。また、北野氏によれば、風が吹いても風向きが頻繁に変わり、プロペラなどの機器がすぐ壊れてしまいがちだそうだ。一方、Dean 編集長は、「雨が多いイギリスでは、太陽光より風力が適している」という。自然を利用するエネルギーは、他者のまねではなく、地域に即したものであるべきことが強く印象づけられるエピソードであった。なお、日本の風に合った風力発電装置の開発を進めている企業もあるという。
エネルギーに関しても「地産地消」がコスト削減に重要
さらに池谷氏が、「エネルギーに関しても“地産地消”がコスト削減に重要」と付け加える。発電のために資源資材を輸送すればコストが大きく上昇するからだ。バイオマス発電が、山間地が多く輸送が難しい日本で発達しにくい理由はこのためだという。
また、社会というファクターも重要と北野氏は考える。たとえば、イギリスで注目されている潮力発電は、日本では魚群の動きに与える影響が懸念され、漁業関係者に受け入れられない。「住民が心から喜び、求めてくれる技術でないとだめ」と北野氏。交付金などと引き替えに受け入れてもらうような技術では、結局はコストが高くつく。
コストに関しては、導入コストだけでなく生涯コストも重要性だと小久見氏が指摘。現在、太陽光発電セルの耐久性向上については、かなり研究開発が進められていると池谷氏が説明した。
結局のところ、再生可能エネルギーのコストは実用可能なレベルまで削減できるのだろうか。この基本的な疑問については、ここ数年で大きな進歩が世界的に見られており、今後のさらなる削減の見通しは明るい、と Dean 編集長が回答した。ただし、そのためには、幅広い多様な分野からのアプローチが重要となってくると強調した。今回の Nature Café は、再生可能エネルギー開発と利用には、科学的な技術開発に加え、政策による誘導や人々の意識の変化といった社会的要素の後押しが不可欠であると実感させるものであった。
文:藤川良子(サイエンスライター)。
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パネリスト
小久見善八 博士(工学)
京都大学 名誉教授
京都大学産官学連携本部 特任教授
国立研究開発法人新エネルギー・産業開発機構(NEDO)革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(H21〜H27年度)プロジェクトリーダー
北野宏明 博士(工学)
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長・所長
特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構 会長
沖縄科学技術大学院大学(OIST)教授
池谷知彦 博士(工学)
一般財団法人 電力中央研究所 材料科学研究所 スタッフ 副研究参事
(兼務)次世代電力需給マネジメント研究チーム
研究戦略・推進担当(兼)蓄電池・電気自動車ユニットリーダー
Nicky Dean
Nature Energy 編集長
Nicky Dean インタビュー:エネルギー研究の新しいフォーラム
モデレーター
竹内 薫
サイエンス作家