第20回 健康と疾患における腸内細菌叢の役割 レポート
日時:2017年10月13日(金)
会場:英国ロンドン
This event is jointly held by Yakult and Springer Nature
腸内細菌叢を構成する何百兆個という細菌は、健康の増進を追求する精力的な研究の対象となっている。
去る2017年10月13日「健康と疾患における腸内細菌叢の役割」をテーマに、Springer Natureの英国ロンドンオフィスのセミナールームにてNature Cafeが開催された。専門家たちが一堂に会し、腸内細菌叢が健康および疾患で果たす役割に関して新たな知見や考察を発表した。一連のプレゼンテーションに続き、Nature Microbiology のチーフエディターであるAndrew Jermy博士が司会を務めたパネルディスカッションでは、話題がさらに掘り下げられた。このイベントは、株式会社ヤクルト本社と共同で開催された。
腸内細菌叢を操作する:食事の役割
腸内には1000 種を超える細菌が存在する。主なものは、Firmicutes、Bacteroidetes、およびActinobacteria であり、含まれる遺伝子は500 万種類と推定されている。人体の細菌叢の大部分は腸内に存在するが、その構成は一生の中で変化し、乳幼児および高齢者では多様性が低い1。女性の腸内細菌叢は、妊娠中にも変化する。
細菌が腸内に定着し始めるのは出生時で、食事などさまざまな要因の影響を受ける。アバディーン大学ロウェット研究所(英国)のHarry Flint 教授は、「さまざまな腸内細菌が、レジスタントスターチ(難消化性デンプン)や食物繊維、難消化性糖質など、食事に由来するさまざまな基質をめぐって競争しています」と説明する。種々の細菌が特定のニッチを占めていて、不溶性・水溶性の繊維を分解する。イヌリンやペクチンなどの繊維は、Bacteroidetes の増殖を促進するため、腸内細菌叢を調整するプレバイオティクスとしての可能性を秘めている。
Flint 教授は、小麦ふすまやレジスタントスターチの添加に着目してヒトの食事介入研究を行い、Firmicutes が食事に最も強く反応することを見いだした。Firmicutes はヒトの腸内細菌叢で最も多い細菌群であり、糖尿病および肥満症の発症と関連している。レジスタントスターチを投与した被験者では、この栄養素の分解に重要な細菌種であるRuminococcus bromii が増加していた。
「腸内細菌叢で、Ruminococcusbromii のような要となるような種はわずかです。高度な酵素系に対する大きな『投資』が必要なためです」とFlint教授は話す。ヒトの腸内細菌叢は、レジスタントスターチや食物繊維などの非消化性炭水化物を発酵して、短鎖脂肪酸を産生するという役割も持つ。Flint教授によれば、最初の分解者は群集内の他の腸内細菌に対して栄養素を放出しているのであって、最終産物は群集全体から生じるものだという。
腸内細菌叢の変化や腸内pHの変化が、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸のバランスを変えることがある。つまり、食物繊維を適切に選択するために、食事を変えることで短鎖脂肪酸のバランスの変化を引き起こすことができる。酪酸レベルが上昇すると大腸がんが抑制されることや、プロピオン酸および酪酸のレベルは満腹や肥満症と関連していることが分かっているため、このことは重要である。
指針に注目:腸内細菌叢に優しい食物の推奨
ヒトの研究でも動物の研究でも、食事が腸内細菌叢に及ぼす影響や、健康維持および疾患予防に対して有効である可能性が次々に示されている。Dairy & Food Culture Technologies社(米国)のMary Ellen Sanders博士は、米国の食物に基づく食生活指針に注目してきた。「米国人のための食生活指針(2015-2020 Dietary Guidelines for Americans)」は5年ごとに改訂されており、2016年1月には最新版が公表された。
Sanders博士は「ヒトの腸内細菌叢に対する関心が大きく高まっています」と語る。「腸内細菌叢は、2010年と2015年のいずれの指針でも重要性は認識されてはいるものの指針の中に採用されてはいないのです。しかし、EU13か国とスイスを調べたところ、指針の中でプロバイオティクスや発酵食品を推奨していた国が5つありました」。
次の段階では、一連の潜在的なカテゴリーの食品(生きた細菌やプロバイオティクス、発酵食品、そして腸内細菌叢を標的とする食品)の影響に着目した無作為化比較対照試験やコホート研究を見つけだすために、文献を系統的に調べる必要がある。これまで、多くの研究がイヌリンやフラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖などのプレバイオティクスに注目している。しかし、プロバイオティクスや発酵食品に関する研究の数は多くなく、行われた研究も必ずしも二重盲検プラセボ対照試験ではないため、個々の研究結果を信頼したり、研究結果を比較したりすることは難しい。
「我々が考える以上に多くの証拠があるかもしれません。それを見つけることは、質問をどう組み立てるかにかかっています」とSanders博士は話す。「食物繊維をはじめとしたプレバイオティクスなど、食品の生理活性物質や機能性成分を取り入れた勧告は、生きた細菌を推奨するという扉を開くかもしれません。健康に対する影響は小さくとも、公衆衛生や疾患に大きな影響を及ぼす可能性があります」。
THERE HAS BEEN A GROUNDSWELL OF INTEREST IN THE HUMAN MICROBIOTA ヒトの腸内細菌叢に対する関心が大きく高まっています MARY ELLEN SANDERS
健康と疾患:原因、予測、そして予防
成人の腸内細菌叢は比較的安定しており、腸内細菌叢なしには消化できない食品の分解、毒素への反応、ビタミンの合成、ならびに免疫系との相互作用およびその発達など、複数の重要な役割を果たしている1。年齢を重ねると、抗菌薬の使用や、歯列の状態、食欲減退、食の偏り、腸内粘液や消化器系の変化などが原因となって腸内細菌叢の多様性が低下する傾向にある。腸内細菌叢の多様性が低下すると、短鎖脂肪酸などの腸内細菌叢関連栄養素が減少することがあり、衰弱や疲労の一因となることもある。
ディスバイオシスと呼ばれる細菌の種類・多様性の変化は、肥満症や、炎症性腸疾患、がん、心血管疾患などの免疫関連・炎症性疾患と関連づけられている1。 大阪大学の竹田潔教授は、ディスバイオシスと関節リウマチとの関係を研究している。竹田教授は、日本人の早期関節リウマチ患者の約3分の1は、腸内のPrevotella copri レベルが高いことを見つけた2。しかし、それが関節リウマチの原因なのか、それとも炎症による反応なのかを明らかにするのは難しい。
「ディスバイオシスが関節リウマチの発症に寄与するのであれば、予防に焦点を合わせることができるかもしれません」と竹田教授は話す。
関節炎のモデルマウスZap-70を用いた実験で、無菌のZap-70マウスに関節リウマチ患者の糞便試料を接種させると、腸内のTh17細胞レベルが亢進し、重度の関節炎を発症したのに対し、無菌のまま維持されただけのモデルマウスZap-70では、関節炎を発症しなかった。Prevotella がヒトでどのように作用しているかは分かっておらず、発展途上国では高レベルであることから、Prevotella の役割は難解だが、途上国の関節リウマチ有病率は低い。
「健常者と関節リウマチ患者のPrevotella を、16Sリボソームのディープシーケンシングによって比較したところ、両群のPrevotella には違いがあるらしいことが分かりました」と竹田教授は話す。
竹田教授は、ディスバイオシスが炎症性腸疾患において果たす役割にも着目している。健常者の結腸には、腸上皮を腸内細菌叢から隔離する厚い2つの粘膜層があり、内層には細菌が存在しない3。盲腸と大腸の上皮細胞はLypd8というタンパク質を分泌している。このタンパク質は2つの粘膜層を越えて管腔へ達することができ、腸内細菌叢中のProteusmirabilis などの有鞭毛細菌細胞の鞭毛に結合してその運動性を抑制して、その細菌の内側の粘膜層への侵入および腸管炎症の誘起を防止することにより、腸の恒常性を維持している。
竹田教授は、デキストラン硫酸ナトリウムが引き起こす腸管炎症への感受性を示すLypd8-/-マウスで、細菌が内側の粘膜層へ達して上皮に侵入することを明らかにした。このマウスにゲンタマイシンを投与するとそのグラム陰性細菌は死滅し、無菌空間が回復して炎症が改善された。
粘膜層が腸管を保護する仕組み、そして腸内細菌が粘膜層に適応する仕組みを理解するには、生体の糖生物学の理解が必要である。クアドラム研究所バイオサイエンス(英国)のNathalie Juge博士は、腸内の細菌群集の選択では、ムチングリカンが、細菌のための栄養素、さらには付着できる場所を提供することによって役割を果たしているようだと説明する。
「2つの粘膜層は、腸内細菌が宿主と初めて接触する場所です。粘膜層と関連のある細菌は関所の番人なのです。こうした細菌は、栄養素や粘膜層の結合場所をめぐって病原体と競争するだけでなく、宿主とコミュニケーションしたり環境の変化に応答したりする能力も持っています」とJuge博士は話す。
Ruminococcus gnavus など一部の細菌は、ムチンを分解し、それを唯一の炭素源として利用する。炎症性腸疾患では、Ruminococcus gnavus と別のムチン分解細菌であるAkkermansiamuciniphila のバランスが崩れている可能性がある。Lactobacillus reuteri など他の細菌もムチンに付着することで、特定の宿主に適応している。こうした付着は、宿主と細菌との相互作用において役割を果たしているとみられる。
大腸がんにおける腸内細菌叢の役割
大腸がんは、がんによる死因の主要なものの1 つで、食事や肥満症と関連している。多くの他のがんと同様に、診断が早ければ大腸がん治療の奏効率は高まる。ユニバーシティ・カレッジ・コーク微生物学部およびAPCマイクロバイオーム研究所(アイルランド)のPaul O'Toole教授は、大腸がん患者と対照健常者とを比べると腸内細菌叢が変化しており、結腸腫瘍の表面には一部の口内細菌が高レベルで認められることを明らかにした。O'Toole教授によれば、この知見は、早期段階の大腸がんにとどまらず、ポリープ発生などの前がん病変をも発見する非侵襲的な方法の可能性を秘めているという。
「腸内細菌叢は、増殖、血管形成、アポトーシス、食事、肥満、および炎症と関連しています。腸内細菌叢の変化が疾患を引き起こすのか、それとも単に変化しているだけなのかはまだ分かっていません。因果関係があるならば、腸内細菌叢を前もって変化させることができるかもしれません」とO'Toole教授は話す。
O'Toole教授はまた、免疫化学的便潜血検査(FIT)や便潜血検査(FOBT)の結果を糞便および口腔内の腸内細菌叢分析結果と比較して、糞便細菌叢の結果は、FITには及ばないものの、FOBTよりも大腸がん発症と高い相関が見られることを明らかにし、腸内細菌叢の分析がFITやFOBTと併用できる可能性を示した。糞便による検査以上に口腔内細菌叢分析は有効であり、通常行われている結腸内視鏡検査よりもコストはかからず侵襲性も低いと考えられる。
大腸がん治療では、一部の患者に対してイピリムマブなどのチェックポイント阻害剤が極めて有効なことが知られている。しかし、こうした治療は高価である上、全ての患者に有効なわけではない。O'Toole 教授によれば、大腸がん患者が免疫療法に応答するかどうかを、腸内細菌叢によって判別できる可能性もあるという。動物モデルでは、無菌マウスと比べた場合に、腸内細菌が存在することがチェックポイント阻害剤への応答性を高めることが分かった。腸内細菌を食事、あるいは投与によって動員することで、大腸がんのチェックポイント阻害剤に対する初期耐性は抑制される可能性がある。
IT’S NOT YET CLEAR WHETHER THE CHANGES IN THE GUT MICROBIOTA ARE THE CAUSE OF COLORECTAL CANCER, OR SIMPLY INDICATE THE CHANGES 腸内細菌叢の変化が疾患を引き起こすのか、それとも単に変化しているだけなのかはまだ分かっていません PAUL O'TOOLE
総括
食事の役割、腸管と腸内細菌叢の生物学的性質、それらが健康と疾患に影響する仕組みに関する研究開発は、ヘルスケアの新領域を大きく切り開く可能性がある。これは、食物を用いた疾患の予防と治療や、唾液検査によるがんなどの疾患の早期段階での検査が実現される可能性を意味している。ただし、それに到達するためには、できるようにならなければならないことがある。例えば、健全な腸内細菌叢と異常な腸内細菌叢とを、特定の集団の細菌やその短鎖脂肪酸などの代謝物の有無によって見分けることはまだできない。遺伝子数や種数、多様性、一様性、糖鎖形成など、腸内細菌叢を最適な評価法を理解することも活発な議論の的だ。
腸内細菌叢や代謝物プロファイルの変化の相関と因果関係とのつながりを明らかにするためにはまだ多くの研究が必要である一方で、こうした理解ができると、疾患の予測、予防、治療で腸内細菌が重要な役割を果たすと期待される。
Reference
- D'Argenio V, Salvatore F, The role ofthe gut microbiome in the healthyadult status. Clin Chim Acta 2015. 451 (Pt A): p. 97-102. 10.1016/j.cca.2015.01.003.
- Maeda Y, Takeda K, Role of gutmicrobiota in rheumatoid arthritis. J Clin Med 2017. 6 (6). 10.3390/jcm6060060.
- Okumura R, Kurakawa T, Nakano T,et al., Lypd8 promotes thesegregation of flagellated microbiotaand colonic epithelia. Nature 2016. 532 (7597): p.117-21. 10.1038/nature17406.
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パネリスト
Harry Flint
アバディーン大学ロウェット研究所(英国)
Mary Ellen Sanders
Dairy & Food Culture Technologies社(米国)
竹田 潔
大阪大学(日本)
Nathalie Juge
クアドラム研究所バイオサイエンス(英国)
Paul O'Toole
ユニバーシティ・カレッジ・コーク
微生物学部および APC マイクロバイオーム研究所(アイルランド)