福島原発事故をめぐる不透明な問題は続く
Fukushima's uncertainty problem
原文:Nature(オンライン掲載)|doi:10.1038/nature.2012.11031|Fukushima's uncertainty problem
被ばくを懸念する読者の疑問に対し科学は明確な答えを与えていないと Nature の記者Geoff Brumfielが解説する。
福島県第一原子力発電所でメルトダウンが発生し、過去25年間で最悪の原発事故発生から1年以上が経過したが、その影響に関する事実が周知されていない点に注目すべきだ。
原発事故が健康に与えた影響を数字化しようとした論文1を読んで、このことを再び実感した。カリフォルニア州スタンフォード大学の John Ten Hoeve と Mark Jacobson によるこの論文は一見詳細な分析のようにみえる。しかし、事故をめぐり不透明な点が多い中で、原発が原因で死に至る可能性がある人々の数を果たして推測できるだろうか。Hoeve と Jacobson の論文では、 15~1,100人が原子力発電所から放出された放射能に被ばくして死に至る可能性があり、24~1,800人が、癌により死に至ることはないものの衰弱する可能性があると報告されている。
大半の人にとって39人と2,900人では、大きな違いだ。なぜ、科学はもっと確かな情報を与えられないのだろうか?問題は、このような推測は学者が作ったモデルや当て推量という点である。
一番優れた推量
まず、最初の疑問は発電所からどの程度の放射能が放出されたのかということだ。Hoeve と Jacobson は、6.5 × 1016ベクレル(Bq)程度のヨウ素131と1.7 × 1016Bqのセシウム137が発電所から放出されたと推定している。ベクレルは一体何を意味しているのかという疑問は置いておき、これは推量に過ぎない。メルトダウンを引き起こした津波は、発電所周辺にある放射能モニタリング機器の大半を破壊した。科学者たちはグローバルなモニタリングネットワークを利用して大まかな推量はできるものの、その推定量は二倍も異なる。
次に、被爆者と被ばくの期間に関する疑問が挙げられる。大気輸送モデル(実際の天候データに基づく)は、放射能がどこへ移動したか、また大気のどこに降下したかを感知できる。しかし地震と津波の渦中で、誰が福島県住民の居場所を正確に特定できるだろうか。Hoeve と Jacobson のモデルでは避難者が発電所周辺に完全に均一に広がったと仮定したうえでの習慣(例えば、1日に12時間以上避難所内にいた等)と位置に基づいた推量である。世界保健機関(WHO)による報告書2で示された仮定は多少異なるが、事故発生の際に誰がどこにいたかは誰も分からない。
最後に、最も基本的な話であるが、低い被爆量がどの程度人体に影響を与えるのかという疑問がある。研究者たちによれば、人体が100ミリシーベルト(mSv)以上の放射能にさらされた場合、癌の発症率に多少ではあるものの確実に増加が見られるという。しかし、100 mSv以下の被ばく量に関しては証拠がない。WHOが一番正確だとしている推定によれば、50 mSv以上を被ばくした福島県住民はいないとのことであり、リスクを実験的に解明する方法はない。科学による推測のうち最も信頼性が高いのは、しきい値のない直線仮説モデルだ。このモデルでは、低い被ばく量を推測するために既知のリスクを推定する。しかし、このモデルを疑問視する声もある。低い被ばく量は想定されているよりも悪影響を与える可能性があると述べる科学者もいれば、逆に健康に良いという意見もあるのだ。手元にあるデータで解明することは不可能だ。
既知の未知
以上全てを加え合わせると、原発事故が原因で発症する癌の範囲が非常に大きくなってしまう。さらに、どの研究結果が正しいのか解明する方法はないだろう。日本を含む先進国において癌の発症率は高く、何千人もの人々が病気になるとしても、癌の発症率が自然発生率に比べて検出できるほど上昇する可能性は低い(人口の約40%が生涯で何らかの癌にかかるのだ)。たとえ癌にかかったとしても、自分または自分の大切な人の癌の原因が果たして福島原発事故にあるかどうかに関して、誰もはっきりとしたことは言えない。
これは悩ましい状況だが、変化が訪れる可能性は低い。現在、モデルの誤りを大幅に削減するために必要なデータは存在しない。例えデータが入手できたとしても、しきい値のない直線仮説モデルに不明点があるということは、正確な数字からはほど遠い結果しか算出されない。(このモデルを改善しようと様々な努力が施されているものの、今すぐ成果が現れるとは考えにくい)。せいぜい、WHO、独立した科学者、そして日本政府による様々な推定には重複している点が多いとしか言えないのである。
もっと明確な答えを提供できればとは思うが、現状況は科学の失敗による結果だとは考えていない。独立機関による推定には不透明な点が多く残るが、こうした推定を組み合わせることにより福島県住民の健康リスクをめぐる比較的有力な総意がまとまる。つまり、放射能によるリスクは比較的低く、がんの発症率が自然発症率より高くなることはないだろうということだ。これは励ましの言葉とはならないだろうが、正直なメッセージだ。
(翻訳:野沢里菜)
参考文献
- Ten Hoeve, J. E. & Jacobson, M. Z. Energy Environ. Sci. http://dx.doi.org/10.1039/C2EE22019A (2012).
- World Health Organization. Preliminary Dose Estimation from the Nuclear Accident after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami (WHO, 2012); available at http://go.nature.com/yip2np